「空間の横軸」と「歴史の縦軸」の交差するところ
10月1日の高句麗伝説から目まぐるしく変わる内面世界です。毎日違うことが当たり前なのが生命で感じていると同じことを繰り返しワンパターンで生きることの方が異常なことと今はわかります。先生と高麗さんには、たった一日の講座開催のために京都に足を運んで戴きありがたいばかりです。琵琶湖湖畔での「湖都の葉」マルシェで手作り絵本や琵琶湖から生まれた読み人知らずの詩集、また新刊本「高句麗伝説」が欲しい方の手に渡った経験は、明らかに連なる魂の後押しがあったとわかる経験です。その後、突然高麗さんが京都、福井に行かれることをお決めになり、福井にはご一緒させて戴く巡りとなったことも魂の導きと感じます。福井での12月1日京都コンサートを満席にする語り合いでは、楽しい国創りの語り合いに新天地で生きることは楽しく幸せということを経験させて戴き、また福井への道中、また比叡山への帰路での経験は「高麗恵子」さんの存在に、やはり高句麗建国の始祖東明王様の魂が共にあることを感じ、高麗さんの超能力に畏怖をおぼえます。「存在論」で先生からお声かけ戴き、先生にお会いできて全身喜んでいながら、ずっとこのweb salonに書き込みが出来ずにいたために内から湧き上がってくるエネルギーを感じていました。先生のお言葉通り「唸って」いる状態だったのです。仙台コンサートのメッセージの何がお聞きしたかったのか自分でもよくわからないまま、先生の学生時代、また晴美様との出会いの場である仙台での先生のピアノの音は、ロマンに満ちた音でした。改めて先生のお話を伺っていると、自分が声に出して質問した内容の表面的なことでない、先生のお応えは内面をどんどん変えてくださり、次元がシフトしていく体感に驚くばかりです。声を発するだけで先生と生命交流しながら生成していくプロセスを身体で経験すると、先生に直接お会いすることの凄さを感じます。「恋ときめき」という自分の中の原動力となっているものの深まりを感じ、更なる創造力が高まります。ありがとうございます。昨日は八坂の塔の下「高麗ギャラリーカフェ」での「高麗恵子語り」は、とても静謐でありながら多くの魂が押し寄せている空間です。かつて宮城県の多賀城での先生のお誕生日のコンサートに関西から何台かの車でツアーをした際にご一緒した方がご参加されていて、高麗さんにお会いして全身から喜びが溢れ出ていることを感じ、魂の後押しと感じます。
先生にお会いすると内面性を取り戻し、存在現わせる身体となっていってることが大変ありがたいです。わたしの個人的な考えですが、さらに「高麗恵子」さんの存在は、自分の存在表して生きていくのに必須と感じています。高麗さんのビデオ講演会はKeiko Komaチャンネルで欠かさず聴かせて戴いていますが、生のビデオ講演会はわかり方がまるで違います。スマホやパソコンを通して流れる声は情報量が抑えられてると感じます。生声は情報量が多くて気づきや発想が生まれ豊かな時間です。先生のコンサートも何度かライブ配信で初代いだきしんサウンドシステムに接続してお聞きしますが生コンサートととは比べものになりません。耳だけではない体全部その空間に置いているのでは全く違いすぎて、高麗さんが何度も直接身を運んで戴きたいとおっしゃることがよくわかります。高麗さんの生声でお聞きできるビデオ講演会にご参加されないのも大変もったいないと感じます。高麗恵子さんの存在は自分の存在表して生きていく軸と感じいます。高句麗伝説で経験する「空間の横軸である先生の存在」「歴史の縦軸である高麗恵子さんの存在」この交差するど真ん中にいることを身体の中心とし高句麗のお祭りでの体感で生きていければ、世界平和への実現に貢献できると感じています。
貴重な京都での経験をありがとうございます。
ニュースを見ていても、世界が日本が戦時下であることを感じ、状況を変えるすべがコンサートにあり、多くの人が参加するだけで状況を変えていけるなら、参加より選択肢はありません。
明日は明後日22日三鷹芸術文化センター風のホールでのコンサートに向かいます。ありがとうございます。
