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お話


高句麗伝説後の先生のライブ配信での「お話」をお聞きし、驚くばかりです。今日から言葉について考えます。ヨハネによる福音書をもう一度読んでみますと、「初めに言があった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。すべてのものはこれによってできた。」先生のお話をお聞きした後に読ませていただくとこの聖句が生きたものとし輝いて読めたことにも大変驚きました。先生は生後6ヶ月の時に言葉を知らない乳児であるのに、「生まれたところを間違った」と言葉になったというお話は以前からもお聞きしていることでしたが、改めて言葉を知らない乳児が言葉になったことの意味は何かと考えます。考えても今は想像すらできませんが、今日のお話をお聞きしましたので、これからを生きていく上で瞬間わかることもあり得ると考えますと、わかっていけるように生きていきたいと望みます。間違ったという言葉の捉え方も普通使っているように捉えていたので、違う意味であったとのお話も考えさせられます。私たちも簡単に間違ったと捉えないようにとおっしゃっていただき、今後の考え方を学びます。言葉が最初にあり、言葉が自分の存在を作り上げていったとのお話は衝撃を受けました。わかりたいと望みます。イエスキリストは神の言葉が自分の肉体となり、神が肉体をもってあらわるとのお話を今日お聞きしているとすごいことなのだと驚く程の衝撃を受けます。過去に聖書を何百回も読んでいても今日程、実感できたことはありません。自分の言葉を辿ってみました。私は物心ついた時に木や花、動物と自然と話しをしていました。生命エネルギーが図形で見え、図形が自然と言葉に置き換わっていくのでした。その言葉を詩に表して生きてきました。皆様の運命も図形で見え、その図形を言葉にするのです。このように書いても今日の先生のお話と繋がっては考えられない状態ですので、これからの日々で考えていきます。ハンナアーレントさんの「人間の条件」のお話は興味深いです。何かを始める時の関係性について、あらたなものが生まれてくるとは真にその通りと考えます。先生が興味を持ち、探究してくださり、わかったことは私たちが生きていく上で必要であります。自分で本を読んでも理解できないことを先生からお話をお聞きでき、学ぶことができますことは恵まれています。今日も深い学びを得ました。これからの毎日で理解が深まる楽しみがあります。ありがとうございます。

今日は先生にお会いした時、突然京都、福井に行くことをお話させていただきました。家を出た時は考えていませんでしたが、急遽決めていました。10月1日「高句麗伝説」にて新天地へ降り立ち、新しい一歩を踏み出していきたい気持ちでいます。「高句麗伝説」を経験する前と同じことはしたいとも感じず、最近のように同じ道を通り、家と仕事場を往復する日々を過ごすことはつまらなくてやっていられない気持ちとなっていました。以前より北陸の風を感じ、何度も行きたいと感じていました。本当は国中から王の元に集ったと聞く天を祭る日の「高句麗伝説」には日本中からお越しいただきたく、全国をまわりたい気持ちでした。北陸は具体的に回ろうかとも考えていましたが日程がとれませんでした。今度は12月1日京都コンサートホールでの先生のコンサートに国中からお越しいただきたく、この機に北陸と京都へ行こうと考えてはいましたので、今日、突然、明日から行くことにしました。6日は福井アオッサの会議室にてコンサートに向けての語り合いと私の語りを開催させていただきます。7日は京都、八坂「高麗ギャラリー」にて語り合いと語りをさせていただきます。コンサートをお勧めしたい方をお誘いいただき、お越しいただければありがたいです。お気持ちがある方は、いだきの方へお問い合わせいただけましたらありがたいです。京都コンサートホール満席へ向けてあと2ヶ月もありませんので、日本の未来の為に完売に向かう時が来ました。皆様と共に向かって行ければ幸いです。ありがとうございます。

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比叡山工房より
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レバノンより
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「高句麗伝説」第3弾