ありがとうございます。
10月1日の高句麗伝説に向かって、この日は絶対に外せないと、一日、一日、無事に経験できますようにと願いながら、少し緊張しながら過ごしました。
当日は本当に久しぶりの良いお天気。秋晴れがうれしくなりました。
高句麗伝説がはじまると、胸が開かれていくことを感じました。
天を祭る日。
とても賑やかで明るく、人々が踊り、お酒を飲み、おいしいものを食べ、皆が笑い、笑い声が飛び交う、まるで宴のような楽しい光景が見えるようでした。
そうだ。こんなにも楽しく生きていた。
皆で仲良く、楽しく祝い、共に過ごしていた記憶が、生命の内に蘇るようでした。
遠い昔から知っていたことを思い出したようでもあり、同時に、初めて新しい生き方を経験させていただいたようでもありました。
もっと楽しく、もっと自由に、もっと強く生きる。
ある一音が奏でられた瞬間、「好太王様」と感じました。
どなたが現れるのだろうと、わくわく、ときめきながら待っていると、高麗さんが好太王様の詩を詠まれました。一音から感じていた存在が好太王様であったことが、たまらなくうれしく、好太王様が現れ、お会いできた喜びに満たされました。
高句麗伝説を経験させていただく時、いつも好太王様にお会いできることを、心のどこかで待ち望んでいる自分がいます。
憧れなのでしょうか。それとも、はるか昔から知っている方なのでしょうか。自分でもわかりません。ただ、いつも好太王様が現れる時を心待ちにしている自分がいるのです。
高句麗伝説を終えた今も、経験したことを書こうとすると、内に光が灯るように感じます。
天のはるか向こうと、内面つながっている。
そのことを、少しずつ認識しはじめているのかもしれません。
天のはるか向こうと内面つながり、人々と共に楽しく、明るく、豊かに、自由に生きること。
それは新しく経験した生き方でありながら、生命が知っていたことが蘇ったようでもあります。
2026年10月1日 天を祭る日。高句麗伝説。
これからを生きる力となっています。
経験させていただけましたこと、心より感謝申し上げます。
ありがとうございます。
