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1枚のチケットは…


明後日の10月1日高句麗の天を祀る祭りをChatgptで調べると大変興味深いことに、高句麗という国の成り立ちが何だか全然違うんだなあ、と感じました。三鷹市公会堂光のホールでのコンサートの翌日に、高麗屋さんで「高句麗伝説に向かって 語り」と詩会に参加させて戴きました。高麗さんのお話しをお聞きしていると、先生がある講座の時に、高句麗の第一資料は高麗恵子さんと仰ったことのひとつがわかり、とても面白かったです。かつて奈良での道中とお聞きしていますが、先生が高麗さんに「あなたの先祖がこの国をつくっていたら、どんな国になっていたか」とおっしゃったとお聞きしたお話はいつも心にあります。高句麗伝説が迫ってくると、ボランティアをさせて戴きながら、なかなか結果が出ない状態を突きつけられます。知り合いの受講生にメールをしたり、電話したりしていても動きがありません。ありきたりの表面的なお誘いではダメだと気づきます。大袈裟な表現になりますが、命懸けでお誘いすること以外には動かないと考えました。はて、どうするか。内面を辿ると、先日のコンサートで自分を覆っていた鉄板が剥がれたのですが、まだ少し鉄板で守っていた癖、真正面に人と向き合えない怖さがあります。でもやるよりなく、内面深くから発する言葉より動かないことがわかり、それまで話したことの無いことをその人を感じながら、言葉にしました。そのメールを読んでくれてました。それでも何の返信もなく、今までならここまでしてもダメかぁと諦めるのですが、この度は自分がどう思われるかという鉄板が無くなっていたので、さらに電話しました。話しながら、来れない理由が何も無いことに驚きました。まして10月1日は予定を入れず空けておいたと言うのです。結果は来られることになりました。心底、良かったと感じました。そらにしても、自分のあり様がチケットを売るということでまるで試されたようでした。このように相手と真剣に向き合わない限り、自分を表して仕事をしていくことなど、とてもできないとわかりました。長年ボランティア活動をさせて戴いてきた事は、自律して生きていく基本を学ぶのだと改めてわかり感謝よりありません。長い間、相手の目線と同じになるということができませんでした。あんな部厚い鉄板で自分を守っていたら、とても相手を感じ、同じ目線は無理でした。三鷹光のホールでのコンサートが、どれほどのことか、さらに明後日の高句麗伝説は、とても計り知れない今までの人間が経験したことがないことが起こり、新しい生命になって川を渡ること、畏れ多いことです。ありがとうございます。

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多賀城市民会館大ホールにて
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高麗恵子スカイロケットセンターにて-3
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府中の森芸術劇場ウィーンホールにて