要
第一部「まだ名のない、ひとつの響き」
ひとつになった響きは、二人の中だけにとどまりません。
ひとつの生命が、
もうひとつの生命を傷つけず、
奪わず、消さずに出会えたとき、
世界の成り立ちそのものが変わりはじめます。
愛は、二人を閉じるものではなく、
まだ見ぬ生命のために
世界をひらく力です。
ながい哀しみの果てから、
新しい人類の朝がはじまります。
第二部「生命だけが知っている」
誰も教えることはできません。
男も女も、過去の身体のままでは
知ることはできません。
ふたつの生命が、どちらも失われずに
出会うとき、生命自身が、
新しい関係をはじめます。
今日のコンサートがあってこそ10月1日の「高句麗伝説」を迎えられます。この経験なくしては大変なことになったと胸撫でおろします。メッセージの一言一言があまりに素晴らしく、感動します。言葉の上では全て理解でき、納得できます。二部のメッセージの中に「男も女も、過去の身体のままでは知ることができません」とのお言葉がありましたので、一部のメッセージ「世界の成り立ちそのものが変わりはじめる」とのことも男女のあり方がメッセージに書かれてある通りを経験できれば、それこそ「ながい哀しみの果てから、新しい人類を朝がはじまります」となることに歴史的な経験となる緊張とときめきがありました。私自身は明らかに体の内に私以外の存在を感じ、他の生き物がいるような心臓の鼓動に驚きました。ふたつの生命とのメッセージの表現がずっと心にあり、ふたつの生命がひとつに融合していく経験なのかと考えていました。その存在は神聖なる存在でした。先生の神聖なる美しい清らかなピアノの音は光そのもので、ピアノの音をお聴きしていると光に包まれ、心地よいばかりでした。存在とひとつになった時、「要」を経験しました。この状態こそが「要」なのだとわかったのです。この要はゆらぐことはないと生命をもってわかります。今日の経験をしたなら、今まで要と感じてきたことはあまりに儚い状態とわかります。これで10月1日の「高句麗伝説」へ向かえると確かな感覚を得ました。コンサートメッセージとは少し違うのかも知れませんが、この経験があり10月1日「高句麗伝説」は成立すると見えます。自分の感覚では今日のコンサートの経験がなければ舞台に上がることはできなかったと感じるのです。はたらきかけで決めさせていただきました今日の三鷹でのコンサートです。本当に救われました。ありがとうございます。
第二部も不思議な経験となりました。今日の会場は小学校の頃に音楽会を開催した会場です。その当時のことを鮮明に覚えているのです。開演前のビデオ講演会でちょうど思い出したままに話していました。コンサートではその頃の事を思い出しました。私はこの頃に存在をつぶされたと自分では感じていたある瞬間をよく覚えています。何があったかは覚えていませんが、背中から後頭部に真っ黒い重しを背負わされ、完全に頭を押さえつけられました。あれから私はダメになったと思い込んでいました。今日のコンサートでその時の重しがとれていく経験がありました。このような事を表現することははばかれますが、数日前から背中に誰かがいるような何かがあるような感覚となり、目にも見え、なんだろうと考えていました。二部のピアノ演奏を聴かせていただき、見えていたものが抜けていったのです。当然ながら何かが覆い被さっていた体の状態も変わりました。覆いがとれたら、立場によって人生が決められていく状況が見えると同時に高句麗王の存在があらわれました。そして最後には高句麗の姫が光輝き、活発に川を渡り新天地へ向かう光景が見えました。より幸せに生きる為に川を渡っていこうと誘われているようでした。立場により人生が決まることは悲しいと感じてきたことのあらわれかと感じ、今日のコンサートから人間としての人生を生きていける希望を感じました。高句麗王、姫の存在があらわれば、私の存在もあらわるのかと希望も抱きました。もう少し考えることが必要ですが、ここから人間の時代がはじまると見えたことが魂震える程感動しました。コンサート後に先生にメッセージの内容がわかったかと尋ねられました。言葉の上では先ほど書かせていただきましたように素晴らしいメッセージと感じ、感動しました。先生とお話しさせていただいた時に自分の経験は少し違うようだと感じましたが、「要」を経験できましたことは何より必要な経験でした。先生は高句麗の婚姻についてお話しくださいました。大変な習慣だと感じますが、私の内ではよくわかる感覚なのです。このように身についていたのかと驚きました。先生のお話から、6000年前からずっとどうにもならなかった男女の在り方を解決に向かう表現をされたのだとわかりました。メッセージにも表現していただき、ピアノ演奏により経験させてただいたのです。身が震えます。このままでいけば人類は滅ぶとは見えることであります。6000年続けてしまった滅びへの生き方が今日の表現から変わると実感できました。「新しい人類の朝」を迎えられます。そして10月1日に向かうのです。10月1日の「高句麗伝説」はなんということでしょう。この凄さを言葉に表現し尽くせぬとも、気持ちの限りお伝えしていきます。これだけの機会を逃すことなど考えられません。周辺はインフルエンザが流行っています。皆様お身体に十分お気をつけてご無事にお越しいただけますことを願います。私もコロナ禍の時のように神経質になってしまう状態を改善し、今日経験させていただきました「要」に生き、向かいます。先生から「高句麗伝説」へ備えていくようにとおっしゃっていただきましたお言葉を心に、明日からの4日間は「高句麗伝説」へ向かい備えます。ありがとうございます。
