風通しが良くなる言葉にふれ
自分がやることを100パーセント行っていこうと見えた時に前へ進んでいける気持ちとなり、やりはじめました。やろうと決めてもやらなければ一歩も進みませんので、やるべきことや、やる事を書き出し、どう動くかを考えました。やるべきことはすでにやっていると確認できましたが、数と量が足りないので、何をどうするかは見えてきました。今日の高麗屋での詩会の時に、詩をお聞きしている時に見える光景がありました。具体的な光景ではありませんが、香りを辿ると何をするかが見えてきます。同時にある方が具体的にやっていきたいことをお話しくださり、自分が見えたことと一致し、やることが決まり、ありがたかったです。高麗屋にて集う会を開催しはじめ一年経ちました。さまざまなことがあり、その都度、真剣に考え、次はより良くできるように毎回工夫し続け、一年を共にしてきた人は語らずとも悲しみも苦しみも喜びも共にする方々となりました。今日はお顔を見るだけで胸の内は涙が滲みました。場を共にしていない方にも伝わっていると感じる風が通り抜けました。なんでも常に工夫し続け継続していくことの素晴らしさに感謝生まれる経験でした。また、一人一人に連なるたくさんの魂を感じました。出会いを待つ魂、方々は多いと見えます。「高句麗伝説」をお伝えすれば多くの方々は動くことと感じます。10月1日の「高句麗伝説」で先生が表現してくださることは一回よりないと応用コースの時におっしゃっておられました。他の用事は何の理由にもならない時を迎えています。まずはチケットをご購入いただければはじまりますので、お薦めさせていただいています。10月1日に向かう一日一日は今までにない歩みとなっています。先生がおっしゃった二度は許さないとか追い出すという表現を思い出すと生命の奥から恐怖を感じ、体が震えます。恐怖の元を辿り、向き合い、考える日々が続きます。自分の内に何があるのかと考え続けています。悪気は全くなく、良くなるようにとしたことが追い出されてしまうことになると想像するだけで恐ろしくなり、わからずに人と話すことも動くことも怖くなります。よくわかることよりないと考え、内面整理に時間をかけています。幼い頃までたどり着けば、生まれた時から罪深いと感じ罪を贖うことが生きることと生きてきた人生が見えてきます。こんな人生は本当の人生ではないとは当然ながらわかっていますが、植え込まれた観念はすごいものがあります。が、今更こんなことも言っていられません。川を渡ればいいだけとは重々わかっています。疎外されている人が話す言葉も胃にさわるように刺さり、胃が痛みます。自分も疎外され、自分の内にもあると痛みに囚われ動けなくなりますので、少し話すと、私もその人の痛みもとれていきます。川を渡れないから苦しいと聞くと、皆共通の苦しみであると感じ、皆で共に川を渡っていこうという気持ちになります。これより生きる道はないと考えます。先生が誰も落とさないとおっしゃった10月1日「高句麗伝説』に賭けていきます。明日は先生のライブ配信での「お話し」がございます。よく理解し、先へ向かっていけますようにと願います。皆様と共にお聞きできれば幸いです。ありがとうございます。
