大事な日にむかって
10月1日の高句麗伝説にむかって、先生がいのちでおわかりになった、朱蒙様や高句麗のあり方を、講座やコンサートの折に表現してくださり、日に日に理解が深まっていきます。
はじめはピンとこなかった、中心が更新するというあり方が、昨日の応用コースでは深くわかるようになっていました。
講座やコンサートで、おおぜいの人とともに、先生のおはたらきの場に身を置くことが大きな作用となり、それまでのじぶんが剥がれ落ちます。
その場では、からだが空間的にひらかれていくこともあれば、偏ったあたまの使い方が頭痛となってあらわれることもあります。
毎回経験はちがいますが、変化のゆれがおさまったときには、いのちの奥から生まれたあたらしいじぶんで、あたらしく生きていく状態になっています。
自然のいのちとの出会いはいつだって新鮮です。
いつも”いま”を生きているいのちにふれ、深い感動が生まれ、さらにあらたなじぶんになっていきます。
固定してしまったら中心とはいわないのかもしれませんが、そのような状態では守りにはいってしまいます。
人や環境など、様々なかかわりの中で、中心がバージョンアップしていった高句麗のあり方に先生の表現をとおしてふれるとき、からだがひらき、軽やかになっていきます。
大事な10月1日にむかって、先生のおはたらき、また高麗さんの表現にふれさせていただき、心身の準備がととのっていく日々です。
このようなときを、ありがとうございます。
