長い旅を終え
途中、雨に打たれながらも、無事に運転でき、帰京でき、ほっとしています。いつもですが、京都、比叡山での催しが終わると、長い旅をしたような体感となります。時代が変わったかのようです。季節も変わっていました。今日も起きた時から体が重く、考えることばかりの日々です。こう書いているうちに考えているのではなく、思いがたまっている故に体が重いと気づきます。比叡山には「魂」コーヒーがなくなってしまいましたので、モルモラを淹れていただいていました。大変清々しいエネルギーに満ち、とっても美味しいコーヒーです。一変に生命の内に光が注がれ清水が流れ、爽やかな風が吹くのです。素晴らしいコーヒーに感動します。今も一口いただいた時の清々しい体感が蘇ります。昨夜の満月の魚座について書かれていることが心に残っています。過去を精算といっても終わらせるとか、別れるとかではなく、あり方が変わるとか今までの関係性が変わり、新しい関係が生まれると書かれているのです。今日も「風の便り」を聞いていると、虫の音、鳥の声が一斉に山々に響き、新しい生命の流れを教えてくれているのです。自然の生命は確かに終わりがなく、ずっと生き続けていることに生きることを学びます。自然の生命は常に新しく生まれ変わり変容していることを教えられます。人間の生き方も常に新しい在り方、関係が生まれることを教えられ、自然の流れに身を任せていくのもひとつの抜け出し口と考えました。迎賓館コンサートにて頭がはたらかないと先生のお身体にご負担をかけてしまうので、きちんと考え、先生や人様にご負担をかける在り方は変えると決め、考えを深めることに努めています。が、あるところまでいくと今生まれている新しい流れに乗っかるようにし生きることで変わっていける感じが生まれています。考えて辛くなったり苦しくなるのは頭がはたらいていない故とわかります。考えるとは先を作ったり、皆が生きていける道を作ることと考えていますので、真剣に考えていきたいです。動いていくことでわかったり、身につけていけることもありがたいことです。
ボランテイアの方の書き込みで気付いたことがあります。好きといってもその気持ちや言葉の出どころが過去であれば闇との表現は深くうなずきました。闇は自分も周りの人も苦しめます。過去の寂しさ、悲しみ、つらさから生まれる気持ちや言葉には闇がのっかってくるとは見えることでありました。内面を問い、整理し、生命の言葉が生まれることが必要と改めて身に染みます。本音は未来との出会いであることをずっと経験してきました。過去に戻ることはできないのに、過去に止まっていては終わってしまいます。まずは一歩踏み出し、生まれる本音を表していくことが先を創るのだと改めてわかり、日々内面整理をし生まれる言葉を書き記していきます。
日つけは今日となりましたが。キッチンラボにて夏祭りが開催されます。克哲さんが考え創るお料理が振る舞われます。克哲さんのお誕生日です。お祝いの気持ちでこの日はキッチンラボでの催しと見えたままに決まりました。お誕生日の日にはたらくことになり、先生と同じになってしまいました。私は皆でお祝いし、集う場を作りたく、コンサートや催しを開催したくなるのです。皆でお祝いの気持ちで集えれば嬉しいです。ありがとうございます。
