KEIKO KOMA Webサロン

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 アントレプレヌールサロン 参加させて頂きありがとうございます。

 講座のお話しを思い返しているとき、ふっと…『勉強のしすぎで頭でっかっち』とおっしゃった言葉に、あ〜やっぱり頭でっかっちなんだーと嘆いた事が思い出され… た瞬間あれっ?っと疑問が浮かび…そもそも私は勉強してないよねーなのになんでそんな反応になるんだろう?と…そう言えば、先生が『勉強はしないと…』とおっしゃると…あ〜自分は勉強しないからだめなんだーと思う自分がいる あまり気にしてこなかったけれど、やっぱり変だよね…と感じ、勉強が問題ではなく、頭でっかっちなことも自覚しているけれど…先生のお話しがちゃんと入っていない事 なんだか違和感を感じ、20日のコンサートメッセージも『誰の幼児期にも、まだ説明できない向きがありました。』と表現してくださっているのに『少年の身体が、世界との応答の仕方を持っていたということでしょう』に朱蒙様は特別だから高句麗を建国できたんだと収めるような反応になる。
 小さい頃から言葉にならない感覚がある事は認識していて、大人になるにつれて薄れてはいくけれど、言葉にしたら、『みんな大好き』というような言葉になる感覚 以前先生が『志コンサート』をして下さったときも出てきたけれど、それが志と言われても…となんだか放置したこと 今回も『はじまりの向き』と言われても…朱蒙様のように弓が造れるわけでもないし…とやはり放置しようとした事 どうとは言えないけれど、なんだか片手落ちで収まるところに収めているのだと感じました。
 バージョンアップのお話し、高句麗が700年続いたのは、川を渡り新天地に向かいバージョンアップしていたから…その始まりが朱蒙様が『七歳ですでに自ら弓を作り…』とバージョンアップしていたから…バージョンアップどころか収まるところに収めて放置している状態 意識の知っているところに収まっている状態 固定している状態と感じ、やっぱり頭の固さを感じました。
 自然のいのちは毎日更新されているから、自分のいのちも毎日新しいいのちである事 感じられると変なこだわりがなくなる すぐしゃしゃり出でくる自分には大幅にどいて頂きたいと…『どこへ向かうかを頭で決めるより前に、身体が先に反応します。』を感じ、どうこうではなくて、更新されたいのちは可能性という事感じました。

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マドリード ギャラリーより
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仙台 電力ホールにて
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清き雨深まり