魂の香り 風
香りや風は魂の声と感じ、詩に表してきました。初めて訪ねた地であっても胸が動き、懐かしい香りに涙まで込み上げることがあります。後で調べると高句麗縁の地とわかるのです。今日はあの時の胸の動き、懐かしい香り、風は歴史的にはなんであったのかをわかりたく、調べ始めました。知らなかったことを知ることができ、調べれば調べる程、惹かれていきました。私にとって高句麗を知ることは自分を知ることであり、どう生きるかをわかる手がかりとなります。書物に書かれていることがすべて真実ではありませんし、自分が感じた風や香りが真実であるかもわかりません。が、詩に表していくことでわかることがあることがありがたいです。琵琶湖の辺りの香りに胸動くこと、京都から奈良への道で魂動いてならない地のこと等々がどんどん思い出されました。ある時、先生が運転する車で京都から奈良へ行く道で突然胸動き、懐かしい香りに惹かれ、香りがする方へ目を向けると、上狛、下狛と書かれた標識が見えました。その瞬間、先生が私にお話しくださったのです。「あなたの先祖がこの国をつくっていたらどんな国になっていただろうね」との問いかけに驚き、どんな国になっていたのだろうかと考えました。あの時のときめきは今もあります。いつもここを通る時、何かに呼ばれるようにし目を向けると風に揺れる木の葉がゆさゆさと揺れる様に魂を感じ、上狛、下狛と書かれた文字が飛び込んでくるのです。魂は「ここにいますよ」と存在を表しているとしか感じられない存在感を表してくれます。高麗寺跡が残る木津川から精華町にかけての相楽郡、山城国があった地にて吹かれた風は今も尚、心の内に吹いています。梢を渡る風の心地よいことに感動しいつまでもここにいたいと望むなんとも気持ち良く、懐かしく親しみを感じる地でした。高句麗が滅亡する前に日本に渡っていた高句麗人が生きた地と書かれていると合点がいきます。そして琵琶湖がある近江国の国司は高麗福信氏であり、武蔵国の国司を兼任していましたので、武蔵国と近江国、京都は高句麗系氏族の拠点であったと記されていると、合点がいく感覚があります。私も昔先祖が拠点をおいた地にて拠点を作ったことの巡りは魂の縁としか考えられません。先生が高句麗のことを再度探求してくださっています今、隠された真があらわる兆しを感じ、私も自分特有に反応することが何であるのかをわかっていきたいと考え、調べ始めました。
浴衣をお召しになり詩会にご参加された男性の傘を差し、歩く後ろ姿をお見送りしていました。雨が降ってきたので、ビニール傘を差し上げました。しばらくして再び高麗屋に戻ってこられ、傘を返しにこられました。傘を買ってきたのでとおっしゃいました。再びご自分の傘を差し歩く後ろ姿を見えなくなるまでお見送りさせていただきました。いつも見えなくなるまでお見送りさせていただきます。これぞ高句麗人と心の中で言っていました。ビニール傘は返さないことが当たり前のようになっていますが、私はそれができません。同じ人がいることに安堵しました。向かう時はお腹がキリキリと痛みました。痛みに怯えて生きることも苦しく、思わず「うらみ」と大声で叫びました。ありがたいことに痛みはとれました。自分を恨み生き、死ぬことは嫌だとも叫んでいました。恨みの奥にある気持ちは愛です。「あい」と声を出して言うと、愛の世界が生きる空間となりました。生命のはたらきのままに生きることより生きていけない今です。生命の働きに反したり、自分が強くでると苦しみを感じます。昨日のコンサートにて共に川を渡り新天地に飛翔した経験そのままで生きることが生きる道です。新天地には城や宮殿があった訳ではないのです。食べ物を自分達で作り、住む場所も作り、皆が生きる場を作りと全て自分たちで作っていったのです。今からに必要な生き方を経験させていただき、ありがとうございます。
