生命のつながり
狛江で開催された応用コース、ありがとうございました。
いだきしん先生に質問された方や、先生がお声をかけられた方とのやりとりに先生の愛より感じなく、ずっと涙がこみ上げ、最後も涙が止まらない状態となった応用コースでした。
10月の高句麗伝説について話して下さり、高句麗のはじまりについて伺いました。10月は天を祭る日と伺っていましたが、祭りの意味さえも精神性が薄れた現代の御祭りからは想像できないことでした。朱蒙様のお母様が種もみを持たせて、やりたいことをやりなさいと出されたというお話しに、お母様の聡明で賢いあり様に感心すると共に、殺戮が跋扈する時代の中でも、仲間と共に先を創る楽しさ、自分にはそのリズムが伝わってくるように感じられました。膨大な史実を読まれながらも隠され、歪められ埋もれ… そんな中から歴史の真を先生が伝えて下さるのです。さらにはその先生が見いだされた真は先生の音楽と高麗さんの詩によって表現されるなんて高句麗伝説のなんという奇跡的な場なのでしょうと今からその日が楽しみでなりません。日々の歩みも楽しくなります。
また、お話を聞いていて、ジェンダーに関してですが、女性の生命を傷つけていること、男性のそれをしていることへの自覚のない状態であることも気になりました。力づくでねじ伏せる。それは相手が女性だからという理由で、論理が飛躍していたり、話の辻褄・整合性が取れない状態を無自覚でありながら力づくで己を正しいと言う様にまるでDVにも似た感覚を覚えます。歴史的なものも感じるのですが、このところ、国のある法規をめぐって「男性というのが伝統」といった論争や、また、自分自身も上場企業の仕事の引き合いで「フロントに立つのは男性でなければならない」と言われて愕然としました。とはいえ、性別に関係なく力をつけていきたいと考えます。
先月の京都での先生のコンサートでは、何がしたいのだろうと問うた時、「いだき講座をお伝えし、お繋ぎしていきたい」そんな気持ちが中心から生まれてきました。ずっと前のことですが、余命3カ月の若い女性を取材していたとき、先生のことをお伝えしたその方は奇蹟的に移植のドナーが見つかり、今も元気に生きていると伺っています。自分が先生にコンサートや講座でお会いしていること、そしてお伝えしたから助かっていったのだということを目の当たりにしました。
それぞれの生命はそれぞれの歴史があり、それぞれのルーツがあり、今はこの社会で、それぞれにしか出会えないご縁とつながりがあります。そのつながりが切断されるならこんなに悲しいことはありません。先生と出会いたい生命は本当にたくさん世界にいるのを感じます。講座やコンサートを経験なさることはもちろんですが、職場に受講生の方がいるだけでも何か感じる方がいたり、もしかしたら生命が助かる方々もいるかもしれない。だから生命のネットワークは切断されてはいけないことと考えます。
また、InstagramのKOMA GESHA COFFEEの紹介が素敵だと感じました。それは高麗さんのコーヒー通信が載っているからです。高麗さんのメッセージ・文章に触れられます。SNSや手紙、チラシ配布… どんな手段でも、高麗さんの文章にふれたとき人の生命が躍動したり、急に明るい方向に考えが変わったり・・・そんなことを考えるとき、ワクワクしてくるのです。朝起きて、ポストをひらいたとき、高麗さんの詩にふれたら どんな1日になるのでしょう、と嬉しくなります。高麗さんがいだきしん先生のことをご紹介してくださって、IDAKIに出会えました。繋いできてくださった方々がいて、今があります。尊いつながりに心から感謝し、ありがとう、ということばが自然にでてきます。
ここ数年は間違えと失敗を多くしました。でも、間違えや失敗はAIにはできない、人間しか学べないこと、それは尊いことといったお話を以前、先生がして下さり、その意味をかみしめています。最近は体調が良くなり、仕事をしていくこと、創っていくことが楽しくなってきました。多くの人に役に立てることをしていきます。ありがとうございます。
