高句麗
昨日の応用コースにて高句麗の祭りの話から高句麗のはじまりをお話いただき、生命染み、心に染みきかせていただきましたが、真に身につけていけるように日々を生きることの大切さを身に染み感じる機会となりました。先生から高句麗そのものであるのでもっと高句麗を大切にした方が良いと改めておっしゃっていただき、生命深く受け止めました。私の生命に受け継がれた運命を調べていただいた時に高句麗の歴史が紐解かれていく経験をしました。運命解放し、人間とは何かの答えを見出された先生の存在を世界にお伝えしたく、先生に出会った時からどのようにお伝えできるかを考え続けてきました。偶然の巡りにより、それも人生で最も悲しい父母の死を経験し「高句麗伝説」が誕生しました。先生はこの度も10月1日に向かい高句麗を再び調べて下さり、わかればかわる程、いだきが向かっている方向と一致していくことをお話くださいました。その高句麗を大切にとおっしゃっていただいた時には涙滲みました。生まれた時からの自分の人生、先生に出会ってからの人生を振り返り、偉大な先祖の魂に申し訳ない気持ちがあり、畏怖をも感じる存在につながる魂であることを受け止めることは畏れ多く、謙遜しているようでありながら、何かを逃げているある感覚が常にありました。応用コースでも自分は高句麗の歴史が運命となっていましたが、魂はそうではないと悲しく感じていたのでした。が、自分の宿命は生命ではわかっているのです。自分では力不足と感じていても、先祖の悲願を成していくこと、平和実現への道を生きるより生きていけない生命であることをわかっているのです。生まれを恨みもしました。先生から恨むことではないとおっしゃっていただき、生命の内は涙、涙です。やっと自分を認めていけます。そして逃げずに惚けずに、魂のままに生きていきます。世界は真に危機であることも身に染み感じます。気になりながらも何もできない状態も隙となることを経験しています。生まれつき色々なものが見える感覚も疑い、自分で潰してきたようなものです。今となっては誰のせいにも社会のせいにもできないのです。自分がやっていることです。危機にある今、私たちの内にもあり外にもある闇を一掃していただき、生命助けていただいた応用コースの経験を受け止め、真の存在をあらわし生きることを心に誓う今日です。
長崎に原爆投下された今日、先生がずっとおっしゃっておられます核の無力化の為にいだきをしているとのことが深く心に沁みます。初めて長崎へ行き、コンサートチケットを販売した時に坂道を歩いていると、灼熱の暑さに恐怖を感じ、原爆の時はどれだけのことだったかと想像しただけで、人間の生きる世界のことではないと生命をもって感じました。それからは涙ばかりが込み上げ、坂道を歩き続けました。いだきをさせていただき、多くを経験させていただきました。生命をもって言葉によってはとても表現できない苦しみ、悲しみを自分の身で感じるようになり、解決の場は先生のコンサートよりないとは生命をもってわかっています。今日の催しで6月23日のコンサートのCDをお聴きでき、即興詩を詠ませていただきましたが、世界はひっくり返っている光景が見えました。すでに過去は終わり、新しい世界が完全に拓かれています。どんどん真の自分を表し、伝えたいことを発信し続けていけば、これこそ国創りの動きとなるとわかりました。今後のコンサート開催へ向け、どんどん発信し、動いて参ります。ありがとうございます。
