KEIKO KOMA Webサロン

戦争の歴史は終わると見え


第一部「生命の向き」

生命は、すでに全般的に、どちらに向かうべきかを知りはじめています。
もっとはっきり言えば、生命の内面では、すでに向きが決まってきています。
その一歩は、政治の言葉より前にあります。
宗教の言葉より前にあります。思想の体系より前にあります。

人間の生命そのものが、もう殺す方へは向かない。
焼き払う方へは向かない。
奪う方へは向きません。
生命が別の向きをもちはじめます。

恋をする。
誰かと出会う。
守りたいものが生まれる。
その瞬間、人はもう世界を数字として
見ることができなくなります。
初恋、恋は、その向きが一瞬で変わる出来事です。
人間が人間を忘れる時代の中で、
それでも生命がひらく方向へ向かうこと。
失う方ではなく、もう一度息をする方へ向かいます。
その静かな、しかし決定的な向きをあらわします。


第二部「生命の向き。その先へ」

戦争以外の歴史、恋による指針、生命の内奥。
生命の内奥は内面より深いです。
内面は、心・感情・意識の感じがあります。
でも内奥は、もっと奥です。
意識より深い。
思想より深い。
感情より深い。
まだ、言葉にも、判断にも、決意にも
なっていない場所です。
そこで、生命はすでに何かを知っている。
どちらへ向かえば壊れるのか。
どちらへ向かえばひらくのか。
どちらへ向かえば、人間が人間にもどるのか。
生命の内奥では、すでに向きは決まりはじめています。
素晴らしい夜です。
人生賛歌!!

あまりに深い経験をさせていただき、何から書いたら良いかと考えます。奥へ奥へと向かう深い道のりを歩んだようで、遠いところから帰ってきた感覚となっています。今日は5月1日ですので、木々に会いたくて、深大寺の並木道を通りました。木の葉の一枚一枚が光輝き、雨に濡れる光景の美しいことに魂震えながら車を走らせました。美しい5月のはじまりの日に先生のコンサートを開催させていただくことは特別なことと感じ、一大事に臨む気持ちでした。会場に着く前から今日も具合が悪くなり、胃も体も重く、しんどくてひたすらコンサートの開演を待ちました。メッセージは何て素晴らしいのでしょうかと深く感動しました。生命が求めているメッセージと感じました。ちょうどメッセージを読ませていただく前にビデオ講演会を収録している時に方向について話していたところです。「向き」についてのメッセージは生命が求めてやまないことであったと読ませていただいた後の体感でわかりました。演奏は一音一音が遥か彼方から来るようであり、遥か古からの音のようで懐かしく感じながらも未知なる世界へ向かっていける心地よいことこの上ない音でした。音に包まれているだけで気持ちよく、私には森の中で木に抱かれているように見えていました。木や森は私の内に見えていました。体感は森の中で木々、自然の生命と一体でありました。自然の中で生きる生命を取り戻したようで、疲れ、重かった体が楽になっていました。

第2部のメッセージの深いこと、素晴らしいことに感動しました。「生命の内奥」という言葉に驚きました。内面より深いと知りました。意識、思想、感情よりも深いとメッセージにより教えていただき、可能性を感じ、根源に向かっていけるときめきを感じました。「まだ言葉にも、判断にも、決意にもなっていない場所」とは更にドキドキします。「生命はすでに何かを知っている」との表現に希望を感じたのです。第2部は深い世界へと向かう長い、大変多くを学び、考える旅をしているようでした。内面の奥の感情は許さないという感情に行き着き、ここまで来てもまだこのような感情があることに困り果てました。自分の内のことであることは重々認めています。最近経験し考えはじめたことは良かれと思ってしたことがそうでない結果になることについてです。わたしは周りの人が喜んでくれたりすこやかであると安心します。そうであるようにと良かれと思いやることにより失敗しています。当たり前とわかります。これほどの自己中心はないと甚く身に染みています。同時にちょうど、レバノンを1ヶ月取材した方の記事を読んでいたこともあり、考えてしまっていたのです。私はよく知っていることでありましたが、これではどこまで行っても戦争は続くと明らかにわかるレバノン、中東の状況であったのです。やはり許さないという意識や感情の限界の壁を突破できるものがなければここで行き止まり、人間は終わると見えました。その時にメッセージのお言葉が光のように見えました。生命の内奥を感じればいいと。。。内面の更に奥を感じようとしました。その時、イエスキリストの存在を見たのです。先生がアントレプレヌールサロンでおっしゃってくださいましたことが蘇ります。おそらく世界は滅ぶとのお話をしてくださり、今この時代にはイエスキリストの体が必要とお話しくださったことが生命をもってわかったのです。イエスキリストが十字架に架けられた時、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているかを自分でわからないのです」と祈ったことを想い、瞬時に頭を垂れました。どうしたらこのようになれるのかと今までも考え続けてきたことですが、今日ほどイエスキリストの体が今この時代に必要とおっしゃっていただいたことの意味がわかった時はありません。先生がこれからを生きる向き「戦争以外の歴史、恋による指針、生命の内奥」を表現してくださったので、経験できましたことが救いと感じます。ここまで来て演奏が終わりました。終わってほしくないと望んでいるとアンコールを何度もしてくださいました。アリランのような演奏の時にはここで生きると決まってはいても、更に奥をと望む気持ちが残っていました。すると先生はもう一回舞台に登場してくださったのです。すごいと感動しました。お話しくださったことは聞き取れなかったのですが、後からお聞きしましたら、言葉にならないことなので、寝ている時や起きた時に言葉が生まれるかもしれないので、ノートに書くという内容であったと教えていただきました。戦争が解決する根源のことを表現してくださったと感謝でいっぱいです。やはり人間が戦争をしているので、人間が人間にならなければ平和にはならないことを生命をもってわかりました。今は言葉にならなくても向かっていることが素晴らしいことと感動しています。

外へ出ると、透明な蒼い夜空に星が輝き、心洗われるようでした。とても明るいと感じ、目を向ければ満月が光輝いていました。美しい夜です。新しい時代の新しい時を自然の生命は祝福してくれています。歴史が変わり世界が変わるコンサートを大変ありがとうございます。やっと根源まで行き着くことができた体感があり、抜け出せる喜びを感じています。ありがとうございます。

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