コンサートの経験
4/20の迎賓館コンサート一部の終わりころに、浮かんだ言葉は先生と晴美さんとの会話でした。その内容は、私たちが結婚をやめた原因でもあったこと、片方はそのことを理解していなかったと思いましたが、私の意志はまっすぐ立っていて間違いない気持ちであったのです。考え方、生き方の違いをともに生活するうえで自分はずっと感じていたのです。そこがすり合わないと何をするにも壁を感じ、深呼吸がしにくく、皮膚感覚が苦しいです。
そして、「恋」と表現される真の出来事にあったのは、六本木ラフォーレミュージアムで開催された、「精神の源を辿る旅」の中のイラン編でした。表現される演奏を聴き、胸の内で感じた気持ちは、自分の存在をこの時、はじめて知ることになったのです。その衝撃は今でも忘れることができません。雨が降り出しました、高句麗の地です。迎賓館コンサートの後半ではずっと紙に言葉を思うままに書き続けていました。その内容も、恋にであった自分におこったこれまでのいきさつを述べていました。21日の京都コンサートでは大変苦しい思いをします。故郷の友人が3人参加されました。会場前で落ちあい、お一人はコンサートの前にみんなで食事をしようとお誘いいただきましたが、自分は眠たくなることをおそれ、飲み物だけごちそうになりました。「コンサートは眠ってもいいんだよね。」というので、「コンサートは眠らないで起きていたほうがいいですよ。」とお伝えしました。初めてお会いする方ともお話しましたが、その方は誘ってくださった方からはどのようなコンサートか何も知らされず、参加される状態でした。自分は受講生の知人が何も告げなかった言葉なき理由を感じ、受け入れるよりありませんでした。新しい方も、どのようなコンサートなのか、尋ねてくることはありませんでした。私たちはそのような状態でコンサートに参加したのです。
一部の終わりには大きな青い海がみえ、ホルムズ海峡かと思いました。
聞こえた言葉は「あたらしい流れを創る」です。
二部の終わりころまで自分の苦しい内面を保つよりなかったのです。が、あるとき、新しい方のことがとても気になり、また連れてきてくださった受講生の方も、詳しいことは知りませんが、一年に一度くらいしか参加されていない間に、体調をおかしくされていたようだ、と会話の中で察したことが思い出され、コンサートの演奏を聴きながらその方たちのことばかり気になるのでした。瞬間あるひらめきがおこり、実行しようと決めます。アンコールで、そのひらめきにプラスアルファされることも生まれ、私は帰りに、コーヒーを2つ買って、お二人のお土産にお渡ししたのです。何も知らずに参加された方には、バッグにもっていた「本音で生きて下さい」の本をご紹介しながらコンサートのはたらきをお話し、コーヒーと一緒にお渡ししました。新しい方に「コーヒーお好きですか?」「好きです」と言われた時は心底ホットしました。NPO高麗のコーヒーのいきさつをお話しますと、目を見開いたように「それは大切に飲まなくては」、とにっこり笑って言われ、はじめてその方と心がふれあったことに、胸の中は喜びに満ち始めました。次の京都コンサートもパンフレットの日付を指さしながらご案内させていただき、エチオピアの愛が空間をひとつにしてくださったこの度の京都コンサート、心よりありがとうございます。
