消えない灯と灯心
晴れない気持ちで盛岡に来ていました。何が晴れないのか?何故晴れないのか?・・・。
応用コースで先生のピアノ演奏がはじまると内面が “もやっと”してることをくっきりと感じますが、心臓の鼓動はドクドクと高まり、からだをはっきり感じたところで演奏が終わりました。
“津軽人”からお話は始まりました。晴れない理由、答えを予感するお話でした。阿吽の呼吸や津軽人同士でもことばが通じないこと、肌が合う合わない、病院生活、死んだ人がどうなっているかからはじまった(探求)・・。そして、「情動」ということばをお聞きした瞬間にからだは「これだ!!」とわかったのですが、頭がついてきてくれません。その流れかどうかわかりませんが、日本は元々「霊主体従」という考え方で、それに逆らってきたという意味のことをお聞きしました。ようやく先生が話されていることの意味がわかってきました。その後のお話でジワジワとからだでわかるとはいえ、何がわかったのか?お聞きしたい気持ちはいっぱいあるのに何をお聞きすればよいのかわかりません。晴れない気持ちはそのまま残りました。
続く高麗さんのビデオ講演会もしばらく晴れませんでしたが、ある瞬間に「情動」が登場する背景となるある出来事がわかってきました。一緒に先生のお話をお聞きした高麗さんが自己の表現として語られることが徐々に響いてきました。昨日早くから九州を出て、盛岡に着くまでの間にそれまでに聞けてなかった高麗さんのビデオ講演会をオンデマンドでお聞きし、高麗さんだけでなく皆さんのサロンの書き込みもあらためて読ませていただいてました。
で、わかったことはなんだったのか?やはりあの高市総理の訪米の時のことだったのです。高市総理とトランプ大統領の二人とその二人を取り巻く側近の方々、それをテレビやSNSで見ている世界の人々・・・。あの瞬間に感じたことでことばに出来なかったことは恐らく「情動」だったのではないか?是非を挟まずそのまま受け入れたとして、二人のリーダー、総理と大統領の交渉舞台・・。
かつて九州のヒメミコのもとに突如やってきた出雲のスサノオとの出会いの時が想像され、その後一緒になって九州、西日本を治めていった女と男のダイナミックな古代物語に似た意外な現代世界の展開、取り巻く世界中の衆目の集まるど真ん中で堂々と振舞われた情動劇場ではなかったか!? あくまで是非は無く・・・、そして決して過去の歴史物語ではなく、その状況の中に私たちも存在する。・・と、問われる自分の存在がはっきりしないことだったんです。ずっと晴れなかった霧の正体は。
さらに“今、ここ”を生きる連続の現実、起こってしまう「出来事」に戻ると一昨年の10月に先生が「闇からの栄光」とのテーマで開催されたコンサート、もしかしたらその二部で「闇からの救済は愛のみ」と「世界がまだ決まっていない瞬間に先に身を差し出され」て、現象としては、世界はとてもわかりにくい出来事が連続して来ましたが、ずっと先生のおはたらきがあったことは「わかろうがわかるまいが」間違いないのです。
「崩壊に向かうように見える世界の中で、なお保たれる生命の火があり、その火を奥で支えている見えない中心、灯心」についてよくわからないまま昨日を迎えてしまったモヤモヤが、晴れない気持ちの真の理由だったことを今、理解します。
本日のコンサートを迎える前に間に合ったことに感謝致します。本日もよろしくお願い致します。
