日常は恋ではなかった“初恋”の世界だった
中学1年生の真夏の頃、毎日が苦しくて辛かった。でも心はウキウキしていた日々。結果的には相手と心が通じ合い意外にも実った初恋は甘酸っぱい香りに満ちたけれど何故かいつも切なく・・、確かに思い出しても全く「古くならない」し、「忘れていてもその影響は残っている」と感じ、突然、”あの時”が「現在にあらわれたりする」。不安と喜びが交錯しながら同時にある、あの正体不明の不思議な感覚を伴った”初恋”が実は恋ではなかったといだきしん先生のメッセージで知り、その後に理解した時は全く想像もできなかったコペルニクス的な大転回でした。そしてこれもまた然り!!で、「愛が消滅する瞬間はその後に思い出そうとしたり、あの感覚を取り戻そうとする」。我が身を振り返ると時には意識的に「おいておく、触れない、使わない」、このような瞬間に愛は消えるというのは何だか今はとてもピンとくるのです。・・・「すると不思議なことに日常が変わりはじめます」とのメッセージの意味がわかってくると漸く長らくの大テーマだった「日常」を取り戻せる”今ここ”を感じます。その日常に生きられる場を創ることが人間として生きることで宇宙を抱くからだのはたらきを取り戻すこと。「日常」という世界の流れに乗り、冒険は「世界がまだ決まっていない瞬間に身を差し出してしまう」ということが腑に落ちました。
「初恋」の大きな勘違いではあったけれど初めて”世界”に呼び出された経験は「玄牝」にはじまり、直近では神々、冒険、思い出す力、そしてやはり「愛」へと導かれていくのです。生きたまま生まれ変われる尊いコンサート、メッセージ、講座をありがとうございます。
