KEIKO KOMA Webサロン

「動」


新年1月3日の「高麗恵子コーヒーセレモニー」に戴きましたマーブリングの和紙に墨文字で高麗さんが書いてくださいましたメッセージ「動」。

東京で開催されるいだきしん先生のコンサートに参加するため、毎回車で移動していますが道中、自然から素晴らしいプレゼントを戴きます。一昨日、まだ日が昇る前の早朝5時くらいに、東の空からガラス細工のような繊細な三日月が昇ってきます。その後、その三日月を追いかけるように太陽が昇りはじめます。明け方の月の出を経験ができるのもコンサートやアントレプレヌールサロンに参加するために移動するからこその経験です。ずーっと変化し続ける自然。留まることなく変化するのが自然であり人間だということを実感します。今年初のアントレプレヌールサロンでの先生のお話は、「お話」は話を聞くというより体験するサロンでした。先生の人生をそのまま体で聴くことができ、先生が生きておられることは地球の自然が先生を生かしていることを体でわかると、とてつもない存在に自分は逢っていることに改めて畏れ多いことと感じます。先生にお会いするより自分の存在が明確になることはないということもお聞きし、凄いところに来ているのだと芯から何かが動き出します。

アントレプレヌールサロンを経験したら、やはり先生のことを伝えるのは当たり前と感じ、いだき講座を受講するまでの経緯や受講してからの経験を文章にしてチラシを作っていました。せっかく作り配布するのなら心にとまる文章を書きたいと考え、高麗さんにメールを送くらせて戴忙しい中読んで戴きました。「もう一歩踏み込んだ内容から知りたい気持ちになりました。」とアドバイスを戴き、「もう一歩踏み込んだ」について考えました。昨日の三鷹の風のホールでのコンサート開演前、お出迎えくださる高麗さんから直接具体的な内容のアドバイスを戴き、すとんと体に入りました。それから始まった第一部「ゆらぎの深層ー触れれば生まれ。離れれば消えるー」コンサートです。幼い頃の忘れていたこと、蓋をしていたことなど思い出しました。文章にするときに、無意識にあまり深く触れないようにしていることに高麗さんのアドバイスは気づかせてくださいました。先生の演奏で過去は次々と思い出しては消えていきました。母がいっしょにいないことで守ってくれる人がいない不安、極度の寂しい状態は恐怖にまでなっていました。母といっしょに暮らすようになっても、父親がいない家庭に育つことは、男性社会で生きていくため母もわたしも緊張していたことがわかります。先生の演奏される世界に身を任せ、生命丸ごと全て受け容れて戴き体の緊張はほぐれ、何も無くなっていました。何も無くなって、何も無いけれど何でも生まれてくる世界を経験しました。第二部「愛の偏微分」では、あるフレーズの音楽が、「高句麗 春の野山」という言葉になる光景が広がり自由でした。アントレプレヌールサロンの最後の方で「初恋」は世界に受け容れられた瞬間とおっしゃった先生の言葉を思い出しました。15歳のときのある瞬間を思い出しました。心の光景は早春の海の青と菜の花畑の黄色です。

コンサートが終わり、帰路につくために走っていると早朝東の空の地平線ちかくにオレンジ色の一筋の月が浮かんでいるのです。大津に近づくと後方から朝日が行く手を照らしてくれました。コンサートへの日帰りツアーは、コンサートでの貴重な経験から内から動く力を戴き、自然からもたくさんの恵を戴きます。午後から仕事をし、その後に高麗さんの作ってくださったチラシを京都のある地区にポスティングしました。回っているとそこは「蜻蛉日記」の著者藤原道綱の母が住んでいた一条邸跡という場所でした。また加藤清正の邸宅跡でもあったようです。歴史の深い京都の街です。ありがとうございます。

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