KEIKO KOMA Webサロン

今、現実に起こっている大叙事詩


昨夕の荘厳で大胆な いだきしん先生のアントレプレヌールサロンの展開に いのちは歓喜し、大変強い刺激をいただきました。随分前から高麗さんの高麗恵子物語と先生の物語を描くべく書いては捨て、書いては破りしていた物語は未だに原案も難しいと感じていましたが、少し前の高麗屋の語り合いで描きたいのは「いだき物語」との表現になり、その後もチャレンジを続けていました。

幸いにも京都応用コースで”いだきしん先生”についての私自身の理解の曖昧さを正すべくたっぷりお話を伺う機会を得、翌日には天地がひっくり返るような「ジェンダーをめぐって」をお聞きし、さらに次の日に大変濃密な「お話ライブ」があり、いだき講座二日目が、より開放的に表現されることやバミューダ海峡、ヒマラヤの話にまで至り、次から次へと内面の活性化が起こりました。「時は今」と感じた昨夜のアントレプレヌールサロンであまりにも壮大な叙事詩のような現実のお話が続き、一気に飛翔する経験でした。

経済のOS、土台が完全に変わり、新自由主義から「玄」になったということは今振り返れば先生が当初から女性、子どもが大事にされる社会をどう創るかを言われていて、高句麗はまさにそういう国だったとお聞きしていました。先生を通して老子が現代に復活し、玄牝という表現を伝えていただくまで全く予期しない流れでした。しかも経済のOSが「玄」に変わったというお話はきっとマルクスが本当は問題にしていたのではないかとされる、人類が抜け出しようがない「包摂」を超越する道を先生が創り続けられていたのでは、と推察します。その新しい人間中心の社会経済のはじまりを仰っていると感じます。新自由主義が小さな政府を目指し民営化を進め、個人を大事にした故に所謂「勝ち組」、「負け組」の貧富の差が広がり、国が積極的に働きかけないと立ち行かぬ状況を招いた今、一人一人の”いのちのはたらき”が経済復活の力に繋がってきているとのお話を伺い、いよいよ いだきアントレプレナーが喫緊に求められる時代になったと感じます。

さらに7世紀後半に滅ぼされた高句麗、宇宙を受容し”玄牝”を生きていた高句麗がバッサリ天と切られ、東洋の力が弱まっていったとは!?日本に亡命後に行き着いた東北の地にて生き延びてきたのではないかということにも驚きを隠せません。


そして千数百年経ち、 ・・「光満つ」。

(先生のメッセージから:2021年10月)
「光満つ。発生する新しいいのち。かつて光満ちるところに社を建て種々様々集まり、統合して皆で生きる道をつくりました。その結果として縁結びの神の名称を得ました。新しいいのちは胎児の頃より多く集まり傷つきながらも誕生し人生という荒野に投げ出されます。胎児の光は縁結びの神ではないが故に多くの問題を解くべく荒野のような世界の中で真実を見出します。光満つる真実を見極め、さらに光満ち「愛」に目覚めます。」

そして晴美さんと出会われ、高麗さんと いだきをはじめられました。そして時は今・・・。28日の高句麗伝説は一体どのような展開になるのでしょう?私たちはどう生きるかを問われる高句麗伝説です。

いつも尊い経験の場をありがとうございます。

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結工房 高麗屋にて
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比叡山より