真の時代
迎賓館のライブ配信の第2部では大きな 悲しみが心を占めました。ライブ配信が始まったコロナの頃、ライブ配信であるのに体に染み渡るように入ってきた大きな存在があり、まるで女神のように慈愛に満ち 全てを包み込むようでした。
人間が引き起こす 闇の時代、自分を傷つけるものと慈しむもの、内に同時に存在するように抱えるその震えるような愛に ライブ配信を聞きながら ずっと泣いていたのを思い出しました。それと同時にずっと内側で何かを語るように言葉が生まれていました。
迎賓館の第2部でも誰かに抱えられるような感覚でした。そして 内側からずっと善と悪を超えたいのちから見た存在の悲しみと慈しみを同時に抱える愛を経験したように感じてなりませんでした。
昨日の京都コンサートでは、本当に重い 世界の状況を感じました。第1部は まどろみの中にずっといる感覚でした。ロームシアターは何か いつも 蠢いているようで、演奏が進むと それがお風呂の栓を抜いたように心臓に流れ込むような感覚で、アンコールの演奏で抜けていくのがはっきりとわかったことに驚きました。
メッセージの内容は痛感することばかりで何が真で 何が 否か瞬間 瞬間 見極めていかなければいけないと改めて気づきました。昨年末の 仙台からの流れはずっとこのことを伝えるように現象が起こり、曖昧なままで許されてきたことが これから先は許されず また透明な時代に隠すこともできない 一人一人の存在であることを受け容れるよりありませんでした。
コグリョカフェでの、また高麗さんの読み上げる メッセージのお声が内面に響き渡り 、このように聞こえることも今まで気づかずにきたことでした。今年はすべてにおいてそのままにあらわる時代、真の時代に 心の震えが止まりません。身を浄め心を浄め 本日の講座に向かいます。ありがとうございました。