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高麗の地 三鷹の森


三鷹公会堂 光のホールでの先生のコンサートに参加でき、命拾いできた感があります。先生、ありがとうございます。開演前に市役所の裏手の方へ行ってみようと思い、ふらっと歩いていると、何か深い森のように感じ、時代が一気に古代までワープしたような感覚になりました。「悠」というメッセージをお聞きし、禊の意味があることを知りました。「ここは、聖地」と思い出し、森のように感じたのは神域であることを実感したのだとわかりました。先生のコンサートに参加する前に、禊し参加することが礼儀であると感じつつ、身なりは清潔にを心に伺うのですが、自覚できないほどの内面の汚れがいっぱいあることを、先生が演奏してくださる音のひとつひとつが汚れを祓い清めてくださっていることでわかります。一部の後半だったでしょうか、ある音の連打により心臓の奥深くに突き刺さっている楔のようなものが、徐々に抜かれていくのを感じました。そのときの先生の表情が、とても苦しく悲しいように感じ、「人の状態を身に受け、ただ苦しいだけ」とおっしゃっていたインタビュー映像のお言葉も思い出され、先生の生命を使って負担かけ生きてる自分を何とかしたいと感じながらも、ただ感謝よりなく涙がこぼれます。一部の演奏が終わるころには、すっかり身体の曇りがなくなっていることに、驚きと感謝よりありません。2部では「心に才」のメッセージから、心を曇らすことなく、自分の才を世のため人のために生かしたいと演奏をお聞きしていました。毎月、大津で「上映会」を開催することを決め、「高麗恵子後援 しゃくやくの会」の活動を地域に広めていくには、などと考えていました。高麗さんのことが伝えられる自分になることですが、「なぜ、高麗さんのことを伝えたいのか」を考え自分の言葉になればちからが沸いてくる感じがあります。「歴史の縦軸」と表現される高麗さんの存在があってこそ、自分の存在が芯を得て浮き出してくる感覚があります。願望かもしれませんが、自分と同じように高麗さんの存在を生命の中心に感じる人に出会っていきたいです。阪神淡路大震災が起きた年に偶然のように、先生から「あなた、コンピューター向いているよ。」と言って戴いたことを覚えています。25年も経ち、コンピューターは目覚ましい進歩を遂げています。25年前に初めて、インターネットという方法で阪神大震災の現状を世界へ発信していることをテレビで知り、なぜか大変興奮したのを覚えています。自分は何をしたかったのか?先日もアントレプレヌールサロンで「DX]のお話があり、「プラットホーム」ということも覚えておいてくださいとおっしゃったことを記憶しております。台湾のオードリー・タンさんの本を読み始め、自分がネットワークで何をしたいのかがわかっていける感じがあり、25年も経ってしまいましたが、これから生かしていきたい気持ちです。

本日も三鷹の地で、コンサートがあり参加できます恵みに感謝申し上げます。

ありがとうございます。

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