「生きる」
双子の姉妹が、「2時間くらい黒猫と遊んでいた。」と言うので、わたしはいささかあきれてしまった。挙句に「猫のように生きたい!」とも言う。優しい飼い主に可愛がられ、陽だまりで愛撫されているのが、彼女たちの理想のようだ。「どうでも人の勝手だろうが、ぼくはあまり感心しになあ。もっと自由に、もっと積極的に生きるので中れば、いやだなあ。」そんなふうにコメントしながら、いま読んでいる福永武彦の『風の花』(高校生が読みかけてやめたというので、読みだしたのだが、すっかり忘れてしまったけれど、すでに一度読んでいた。)の最初のところで、「生きるということは、その人間の固有の表現だからね。」とあったことを思う。結核病棟の「死」と隣り合わせという状況下のやり取りなのだが、「しかし人間は多く、過去によって生きている、過去がその人間を決定してしまっている。生きるのではなく生きたのだ、死は単なるしるしに過ぎない。」と、主人公に語らせている。陽だまりで安穏に暮らす日々もわるくはないが、やはりそれだけの人生はつまらなかろう。あすは、雨でも山歩きに行く。