KEIKO KOMA Webサロン

生命生きる場が蘇る


今日も素晴らしいコンサートを経験させていただき、美しい月に見守られ、心より感謝します。

第一部「神々の場の成立」

「最も古くから人が住んだところは、自然の恵みが豊富です。自然の恵みが豊かなところは宇宙から注がれるエネルギーも多く、その当時の人々は何ら不自由なく生命豊かに生活を堪能していました。日本の神話が成立する遥か以前に宮城県にその最も古い「場」があったことは今やその「場」に住んでいる人もその豊かさは気づかずに過ごしているのかもしれません。しかしながら古い古い古の魂は我々の内に受け継がれ、豊かな精神として発露する時を待ち侘びます。」

はじめからやさしい音に生命やすらぎました。母を感じました。それも最も健やかに生きる母に会え、うれしくて涙しました。昨日、体の痛みがひどかった時に目を閉じ、何が起こっているかを調べた時に先生の生命にかぶっていた神様がそのまま見えました。先生の元にたどり着け、神様も安堵しやすらぎ、本来のお姿を取り戻り、本来のおはたらきがあらわる光景が見えました。人間の苦しみ、重荷を背負い、大変な状態であったのではと考えます。先生の元にたどり着け、皆で大きな木の下ですこやかに過ごしているような体感でした。とても心やすらぐ経験でした。ピアノの音はやがて、生命の中心に神宿るようにはたらきかけてくださり、生命が生きる場を作って頂いていると感じました。メッセージの中に「場」という言葉がありましたことを思い出し、メッセージの内容を生命をもってわかることができることに喜びを感じます。日本の神話が成立する遥か以前に宮城県にあった最も古い場とは意味が違うとは考えますが今の時代は人間の生命の内に生きる場を作って頂いていると感じたのです。生命の内に作っていただいた場は大地とつながり、どこででも生きていける生命としていただいています。心の底から安堵しました。

お会いできました神様の名前がわからないのですが、お日様が微笑んでいるようなぬくもり、真の優しいことを感じ、生命寄り添い共に生きてくださることに心から感謝しました。黄色の光の女性のようにも感じ、女性の真の光があらわれる時、世の中は平穏になると感じました。そして先生の奥様、晴美様をずっと感じ、とてもうれしかったです。

やすらかなることに感謝し演奏を聴かせていただいていると、突然背中から蒼い鳥がバキバキと音を立て、壁をぶち破って飛び出てきたのです。神の鳥、蒼い鳥です。メッセージの最後の「古い古い古の魂は我々の内に受け継がれ、豊かな精神として発露する時を待ち侘びます」が心に浮かび、私の内の古の魂がやすらかさに包まれ、豊かな精神とし発露したのでしょうか、と考えるだけでうれしいことでした。実は、昨夜から背中が硬く、マッサージ器を使ったりし、なんとかしようとしていたのですが、全く効き目がありませんでした。背中から蒼い神の鳥が壁を打ち破る音まで聞こえ飛び立った時、背中の硬さ、凝りが一挙にとれたのです。心の中で思わず笑ってしまいました。生命はコンサートを予感し、奥に押し込められていた古の魂が表に出て飛び立つ準備をしていたのだとわかりました。わからない頭の悪さに謝罪しました。

第2部「時空を超えた愛」

「時空の一点に愛が生まれます。時空を越えた真理です。身体的な欲求や精神的なあるいは意識的なことにより、生じる愛は時空を無視したこの世的な愛といえます。愛に限りませんが、本当のこと、真理に徹して生きることが未来に通じます。それ以外は不安と恐怖におののくでしょう。時空の一点に発動する究極の愛。かけがいのない人生です。」

時空の一点だったのかと経験した後にわかりましたが、たしかにある一点に生命の中心が一致した瞬間、世界中の人の生命とつながる愛を経験しました。愛は世界中の人間とつながり、すべての生命と一つであることを経験しました。個人のことでくくられた愛は愛とは言わないとは歴然としわかります。今日の経験は世界中の人と共にできれば世界はあっという間に良くなると見えました。脳裏には黄金色のモスクが見え、以前先生が撮影されたイランのモスクの映像のようにぐるぐるとまわっていくのです。あの時はペルシャンブルーでしたが、今日見えるモスクの天井は黄金なのです。とても良く知っている模様であり、光景ですが、どこであるかがわかりません。そして再び蒼い鳥が見えました。ペルセポリスで神の鳥に出会いました。強い衝撃が走り、高熱がでるほどであったことを思い出しました。初めてイランとのつながりを考える経験となりました。自分の意識や頭では捉えられないことが起こることは未知なる世界の扉をひらくようでドキドキします。私が「愛」と呼んでいる演奏がはじまると、ここに身をおけるだけで幸せを感じ、生まれてきたことの喜び、感謝があふれます。何でもできる気概が生まれます。感謝にあふれる心身である時、頭だけが壁となり暗いことが浮き彫りと見えました。この世に生まれたことは奇跡であるのに、自分の生命と思い、自分でコントロールしようとする意識が黒く重いです。恥ずかしながら、昨日五女山へ行った夢を見、足腰を鍛え、体を良くすることに真剣に取り組み始めました。生命の声を聞くことからはじめないと、頭でコントロールしようとしていくことに気づき、傲慢さに涙し誤りました。生命あるということはあらゆる生命、存在に活かされるようにし生きている生命であることに感謝よりありません。傲慢な頭は生命ある人間とし恥ずべきことと深く頭を垂れました。涙をもってコンサートは終わりました。

今日は、見えたままにボランテイアの方に動員の働きかけのメールをし、活動依頼をしました。当日であっても私がお出しさせていただきましたメールで何人もの方がお越しくださいましたし、ボランテイアの方や受講生の方が、初めての方をお連れくださったりでご挨拶させていただき、大変賑わい、喜び溢れました。いだき講座も皆様のご協力をもってお申し込みいただき、とてもうれしいです。コンサート後のロビーは新しい動きがはじまる息吹とエネルギーがありました。とってもうれしく大好きなエネルギーです。この地の源の光、神々、それこそ「場」まで蘇ったように感じます。これからは今までにない新しい流れが生まれると感じ、とてもうれしいです。

ありがとうございます。

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仙台高麗屋にて
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三鷹市公会堂光のホールにて-5
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三鷹市芸術文化センター風のホールにて