すべてあり
今日は貴船神社に行くと決めていました。バスを降りて歩くと同時に、自然と記憶を辿っていました。毎年雨が落ちるのに今日は雨上がりで、草木は光輝く滴を身に纏い綺麗です。鳥居をくぐり緑の光の中を、一歩一歩石階段を踏み締め登ります。御神木を見上げ、幹に触れると同時に伝わるあたたかさに、涙がこみ上げます。「今年もお会いすることができました。」瞼に浮かぶ母、友人、そして世界中の人々が「健やかに生きていけますように」と、見上げる緑の大木に願います。勢いよく音を立てて流れる水の音、緑の木々を揺らすやわらかな風、鳥の鳴き声、命と向かい合う時は、豊かで穏やかです。
北山でのコンサート、第一部「生まれつきの発露」最初はハツロが分からず、未来に向かうパワーを感じ取りたいと耳を傾けます。第一音から、新たに向かう出航のようであり、「身一つで向かう」と意欲が溢れます。ところが、何度も何かが被うのです。ザザーッと、今までの記憶なのか何なのか、身についたものたちでしょうか。身一つで向かうことの難しさが分かる、第一部です。掴みかけたところで終わりました。
第二部「思考のもととなる愛」メッセージの「愛の発露」とお聴きした瞬間、第一部で分からなかったハツロが分かりました。更に、演奏の伝わり方がまるで異次元に変わり、分かるのです。パイプオルガンは、最初から大宇宙空間です。気づけば何もない、身一つの大宇宙にいました。迎賓館で仰った右手でベース音を弾かれるフレーズが、これ以上深い音があろうかとばかりに鳴り響く時、今までのすべてが今、ここにあると分かりました。何もかもがある世界は、先生のお誕生日コンサートでした。感極まります。外に出れば大きな丸いお月様が、はっきりと見えます。先程の大宇宙空間を共にしたかのように、美しく光輝く姿に思わず声を上げていました。感謝しきれない、素晴らしい一日です。ありがとうございます。