KEIKO KOMA Webサロン

ささやかな気づき


京都コンサートから新次元で生きる様になり苦痛も感じない素晴らしい毎日に感謝一杯でしたが、ジェンダーあたりからかなり痛みを感じる様になり、日本の京都にてジェンダーを先生がお話し下さる時、世界中に聞こえているのではないかと感じる程様々なエネルギーが蠢いている事を感じる昨夜から今日でした。男と女よりいない人間ですが、その関係は先生のお話しを聞けば聞く程本来の在り方とは程遠い事に唖然とするばかりです。コンサートで取り戻す事が出来ると希望を感じた事が唯一の救いと感じ、解決に向かう事が生きる事と考え、コンサートに向かっていきたい気持ちで一杯です。

東京に発つ日はいつも仲間が工房にお掃除に来てくれます。私のいる所をお掃除してくれる人は、大勢の人が一杯いる様な汚れと気配に皆驚きます。今日も不思議な状況となっていました。日常の中で先生がなさっている事が世界中の人々につながっている事を私はいつも実感しています。それ故に解決の道がある事を世界中の人に早く伝えたい気持ちで一杯になります。

この度も帰路は中央高速道路を走りました。信州の山々は神々しく、とても素敵な光景でした。山梨に入ると不思議ですが親戚の土地に行った様な感覚になります。とてもなじみ深い地であります。駒ケ岳や高麗がつく地名もあり、今日は懐かしくも感じ諏訪湖の夜景を見た時も懐かしくて、いだきを始めたばかりの気持ちになりました。とても感じる事、考える事多い道中です。ずっと母を感じる道中でもありました。三鷹に着き、先生とお別れし自宅に帰る時、地元であるのに道に迷ってしまったのです。不思議な事もあるものだと感じながら、辿り着いたのは母の生家でした。とても驚きました。ずっと母を感じていたので、生家まで母を辿っていった様でした。だんだん体も落ち着き、自宅に帰り着きました。玄関先の金木犀の花が満開でした。「父」の詩にて詠ませて戴いている金木犀の香り漂う頃になりました。比叡山の工房でも仲間が金木犀が咲いていると話し、木に近づき、香りを嗅いだのですがほんのりより香りを感じなかったのです。私はなぜかずっと毎年金木犀の香りに気づく度に、詩に書いた時の様な香りを感じなくなってしまったことを気にしていました。鼻がおかしいのか、鈍くなってしまったと感じていました。今年は木の本数が違う事に初めて気づいたのです。今の自宅の金木犀は、一本よりありません。比叡山でも一本の木でした。詩に書いた時の家は、何十本の木が植えられていました。玄関を一歩出れば金木犀の香りが辺り一面に漂っていました。こんなことも気づかずに自分の感覚や嗅覚がおかしくなっていると感じていた自分に笑いが込み上げました。気づけばこの様な事が私には多いのです。事実とは違う余計な事で嘆き、心配する癖が出ているとやっと見える様にわかる様にして頂き、これからは今までの余計な癖も習慣もなくしていこうと笑い飛ばすと、胸拓き、変われる喜びを感じました。たいしたことないと感じていても、このような些細なことでつまづいていることに気づけたことはありがたいことでした。今は大きな目標があります。些細なことでつまづいている間はありません。すべてのコンサートを満席とし、海外へも広げていくのです。そのことがすべての解決につながり、良い社会を作ると考えます。毎日コンサートに向け動員のはたらきかけをしていきます。場は違っても皆様と共に向かえればありがたいです。ありがとうございます。

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