高句麗の里
先生が日程を決められたとお聞きする28日の高句麗伝説に向かい、27日の夜から京都を発ちました。比叡山を降りるときは星が輝いていたのですが、京都の街に着くと途端に雨が降ってきました。高速に乗るころには雨も上がり快調でしたが鈴鹿トンネルを抜けたころから稲光がし、湾岸高速を走りながら洗車機の中にいるような土砂降りとなりました。同乗している仲間と、やっぱり高句麗伝説前夜だねと恒例のお清めの天の儀式のようでした。遠くに夜明け前の薄明りの中に富士山を見つけ、もっと近くにいけば、この山を越えたら今日はくっきりとして拝顔できるとトンネルを抜けると、何と今ままで経験したことのないほどの濃霧に覆われ先が見えない怖さがあり、かなりスピードを落とさざるを得ませんでした。高句麗伝説に向かうということは道中でさえいろいろな状況が刻一刻と変わり,その都度どうするかを問われます。大事なものを運ぶことは、自分の内を問われ、自然とひとつにならないと対象化したら怖くて先に進めません。無事に狛江エコルマホールに着き、朝からスタッフの皆さんに会えるのはうれしいです。搬入を終えて武蔵堺に向かう道中、ナビが示す多摩川沿いの道を通りながら、染地、布田、調布など高麗人所縁の地を通っていることに気づき、さらに深大寺の参道のような並木道まで通らせて戴き、多くの魂ともに高句麗伝説に向かうことを感じました。最近、多賀城の国宝の石碑のことをふれている番組をみたり、「駒ヶ岳」という名称の山は、東日本に多く、西日本にはないことを知りました。夕方に狛江に向かう道中の夕暮れから夜の帳の降りる頃の美しい空、「玄」を先生のコンサートメッセージで知ったとき、「夜明け前の深い空、宇宙の奥の色と同じイメージ」というお言葉をふっと思い出し地球と宇宙の境がない世界を感じていました。
高句麗伝説のスタートの音楽が流れた途端に「高句麗」に没入しました。先生の音楽は自分の胸の奥にある何とも言えない世界、「高句麗の春の野山」そのままを表現してくださり、高麗さん作とお聞きする詩により光景が広がります。ずっとこの世界で生きれば幸せです。乙支文徳将軍のご登場に圧倒され、このエネルギーは正に天のはるか向こうの世界と通じている王とともにあり、自らも天はるか向こうの世界で生きている方のエネルギー、ってすごいと背すじがピンとして畏れ多く、世界を変えるのは外側からでなく内側からだとわかります。内側がどんどん変わるので頭がどんどん壊れ頭痛とともにがんがん変化していきます。高句麗伝説で魂のエネルギーを受けられて表現される高麗さんですが、高麗さんのそのままのお言葉と感じた「五女山への道」999段の石段を一歩一歩歩む詩に大感動しました。どんどんきれいに生きて、いっしょに石段登ろう、とまるで五女山にいるようです。そのあとの、とてもロマンチックな音楽が流れはじめ、胸がキュンとなり、「愛しい人」という言葉になりました。先生がアルトかテナーサックスを吹かれ、高麗さんが好太王様の詩を詠まれると、何とも深くロマンチックな音楽に、「人間はなぜ戦わねば生きていけぬのか」という世界を超えられて好太王様の存在を感じ、戦に強いお方でありながら戦わずに勝つ生き方をされていたことを音楽からわかりました。「出会ったら、ともに生きていくよりない人」敵味方という二分する考えのない、すべてひとつで堺のない方、「玄」がもとでできた高句麗の王様であることを感じます。お父様の詩と先生のクラリネット演奏とともに手拍子して、内側からどんどんエネルギーが沸き上がってきます。それにしても先生の吹かれるクラリネットに感動します。どうすればあんなに長く吹けるのでしょうか。先生はいつも挑戦されているお姿に頭がさがります。先生が完全復活され、さらにもっともっと上昇されるように生きておられるお姿に自分も成長しなければ、いだき講座を受講させて戴きました恩返しができません。「高句麗の里」という高麗さんのお言葉に、もう一度そういう国で生きたい、そういう国をつくっていきたい気持ちがわいてきます。高句麗の里で春の野山を駆け、五女山への999段の石段を登っていきます。高句麗伝説を経験し、今も心にずっと高句麗の春の野山の光景があります。ありがとうございます。
