詩集「麗花」
人生においてもどうすることもできなかったことが、大きな狛江での応用コースにて、解決していただき、街の風までもかわり、新しいいのちの流れは、いのちの恵みをいただいているようにやさしく、人と心通じあえることがどれだけうれしく、しあわせか生命ぜんぶで実感します。出会う方全ての人と、受け容れてくださったなーにもない源の愛。わたしと会う方が先生、高麗さんに出会えて、いのちの繋がりをとりもどすこと、平和、しあわせ、元気に、生きること、やっていきたいことです。暦のうえでも立夏をすぎていたことをしりました。「新しい花のように新芽が輝きさみどりの風が吹く五月が訪れると…」と表現してくださった麗花さんの詩に触れたい気持ちで、窓を開け放ち、コーヒーを淹れ詩集の一頁をめくりました。涙があふれてとまらなかったです。高麗さんが先生にお会いする前に、誰がなんといってもしていたこと、パッションは、「真理の探究」たったとk.k.chでおききし、ずっとなにかを探していた頃 、出会えたときの新しい風の息吹、今 と時が全て合致するように、木々の緑とさざ波のうねるような音とともに、いのちのなかにも風
が鳴ります。
店にいらした方々が自然と高麗さんの手作り詩集のコーナーで、詩の頁をめくってくださいます。「夏の草の香り」ということばに、その方が話しだし、お一人お一人の人生の尊いことにふれ、コンサートをおすすめできることがうれしいです。
高句麗伝説にむかう日々をありがとうございます。