詩情
先日は盛岡でのコンサートを誠にありがとうございました。
仙台から拝聴させていただきましたが、強まる体感に、偽りが音を立て崩れ真があらわれていることを身をもって感じます。
第二部にて、勝手にでてきた日本語ではない外国語のようなものは何であったのか。まくしたてるように喋り、ものすごく怒っていて納得がいかないようでしたが、いつしかおさまり、先生が解決してくださったのだと感じました。
「詩情」という言葉を恥ずかしながら初めて知り、私は岩手に生まれ育ったのに全然言葉を知らないことが情けないです。その言葉を知り、盛岡に帰省すると感じていたこの土地の奥深さはまさに詩情なのだとはっきり分かりました。盛岡を離れてはじめて氣づいたことがたくさんありました。学生時代、誰も私を理解してくれなくとも、盛岡の大地は受けとめていてくれました。このおおらかさが盛岡全体の穏やかさにつながっていたのだと感じます。
いつしか詩情を忘れ、世間に溺れ言葉を失っていたと分かりました。
一途ではなく多途、この世に生まれたのはそれぞれの光で世を照らすため、とどこからか聴こえました。
本日は仙台の仲間とコンサートに参加させていただきます。
言葉が命
誠にありがとうございます。