詩「あれはなに?」
夙川の土手の大木の名前が知りたい
桜や松や楠は分かっているが、榎や椋の樹もあったのだ
わざわざ市役所の公園緑地課まで、何度も行って尋ねる
スマフォの写真を示しつつ聞くも、係員も断定しかねている
なぜ名標を設置しない? 沢山ありすぎてキリがないのです
植樹の際の資料はあっても、公開できるかどうかわかりません
それにしても毎日夙川河畔を歩く人は気にならないのだろうか
だれもが「あれはなに?」と、もう聞くこともなく生活している
家から見える山の名前が知りたい
最高峰や甲山だけでなく、六甲連山の一つ一つの峰を同定したい
かつて、芦屋川の上流に見える山の名前が知りたかった
市役所に行って聞くも、林山でしょうかね、と心もとない返事ばかり
むしろそんなこと知ってどうする? なんて顔つきをされる
奥池から藪漕ぎしてやっと林山のピークに辿り着くが、気は晴れなかった
朝な夕なに接しているのに、名前を知らないなんて、気がとがめないのか
だれもが「あれはなに?」と、もう聞くこともなく生活している
別に花の名前を知らなくても季節を楽しめるし
別に鳥の名前が分からなくても親しみはおぼえる
魚や野菜の名前は食生活に欠かせないだろう
人の名前は社交や仕事のうえで欠かせないだろう
(夏休みを経て、わたしは生徒の名前を忘れていた!)
だが、子どものときは、いつも「あれはなに?」と母親に聞いていたではないか
好奇心と知識欲よ!いつまでも「あれはなに?」と質問したい、名前を尋ねたい