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葉月の誓い


先日、高麗先生からのメール(7/30)で、「真の光が現れる時代」を迎えて、「善の神」の導きを得て、「自らの内にある濁りや曇りを自ずと気づき、働きかけ満ちる空間と溶け合って変わっていくしかない。」とあって、とても気持ちが楽になった。たまたま、スピノザの入門書を読んでいたので、その汎神論に戸惑いながらも、「どのように住み、どのように生きていくか」の『エチカ』の主題は、親近感があり、“頑迷な隷属”から離れ、精神の満足を得るべく、「より大きな完全性へ移り」、「悦びの感情に満たされる」べしと読み取っていたところだった。「コナトゥス」を意識して、能動的に生きていくこと!
 分数が分からなく「数学」が1点という高校生の面倒を見ているが、ともかく教科書の1ページ、因数分解から一緒にやり直していこうと頑張るのだが、数式をノートに書き写すところでミスをする始末。(能動的なところがまるでない。)休憩のとき、冷たいものを持って、もどってくると、かれがわたしの書架から『罪と罰』を取り出してみているので驚いた。「へえ!それを読む?」というと、「いや、ちょっと題に魅かれて……。」と具合悪そうな表情。でも、わたしは、はかない希望を感じてしまった。で、「ナポレオン主義というがあってね。」と語り掛けだしてから、それは失策だったと思う。「読みにくいけれど、おもしろいよ。読んでみるといい。」にとどめておくべきだった。焦らず、先ずはかれを受けとめるところからやっていかねばならないと思った。
 葉月とはいえ、危険な暑さが続く毎日と脅かされ、どうしたらいいかわからなくなり、自分の生き方まで、心配と不安に陥らせてしまうのをやめようと思う。それには、すべてを認め、書き出し、表わし、体内から出していく必要がある。今月は、ミッシェル・フーコーに近づいてみたい。この人の「狂気」にもなぜか惹かれるところがあるから。そして、自分の提供する「授業」の充実を図るべき努力しようと思う。さらに、山歩きだけは続け、「歩く」ことの実践は怠るまい。(月頭の気持ちの整理まで。8/1)

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府中の森芸術劇場どりーむホールにて
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狛江「高句麗伝説」までの道程