KEIKO KOMA Webサロン

神宿る国 神宿る人間


琵琶湖の畔に立ち、打ち寄せる波の音を聞き、きこえるメッセージを詩に表す一時が好きです。何回目になるのでしょうか。いつのまにか、習性となりました。琵琶湖の畔での「高句麗伝説」を開催する前に、湖畔に立ち、波の音からきこえるメッセージを詩に書き、人生を考え、日本のこと、世界のことを考えます。

今日も、夏の花が咲く湖畔に向かう時、子供の頃の夏を思い出す香りが漂っていました。たいさんもくという花の名からは父を思い出します。朝顔からは子供の頃の夏休みを思い出します。まさかその頃、未来に琵琶湖の畔に立ち、湖の底のメッセージがきこえ、古代の美しい神の国の存在を知る時が来るとは、想像さえも出来ませんでした。人間がこの世に生まれ、生きることの意味は深く、計り知れないと、今日も打ち寄せる波の音を聴きながら、この音を聴いていた遠い昔にこの地に生きた祖先の魂を想い、人間の歴史を想います。

三鷹での「死について」の経験の深さは日を追う毎に深まり、死が意味することの深さに畏れ入ります。心臓、呼吸が止まり、医師が臨終を告知する時を死ととらえてきた今までは人間ではなかったということがよくわかり、目が覚めます。医師が臨終を告知する前はどのように人間は死を迎えたのかと考えます。今までの死という壁が取り払われたら、生きることの豊かさばかりを発見し、生きていくことが愉しくなってきました。今も生きる東明王様、好太王様、高句麗軍団。。。現れ、共にある「高句麗伝説」ほど、面白い場はないと感じ始めています。京都、そして今日の琵琶湖での「高句麗伝説」も愉しかったです。弘前で現れた封印された神は、京都で動き出し、今日の琵琶湖では更にダイナミックに大きく動き出しています。私に見える図形を皆様にも見ていただきたいとつい願ってしまいます。この図形を見たならば、人生が変わることは当たり前とわかるのです。今日も、先生が太鼓を叩く時、地鳴りがするように、そして大地が大きく動く音がきこえ、神が現れました。瞬間、全身鳥肌が立ち、武者震いが起こりました。あまりに爽快であり、あまりのダイナミックな存在に私は驚きと共に喜びが全身を駆け巡り、お腹の底から笑いが生まれます。この音を聴いて、神のあらわれをわからない人はいないでしょう。ここまで現れでてくださり、ただただうれしく、喜びあふれ、感謝あふれます。私は封印された神があらわる時、生きていてこれ以上の喜び、至福感を感じる時はないと感じる程うれしいです。神の動きが大好きで、大変恐縮ですが、面白くてたまりません。神動く時、今まであらわれたことのない存在現れます。今日も見た事も知ることもなかった存在を見ました。「死について」のお話をお聞きし、死のとらえ方が変わり、死が恐怖ではなくなったことが、生きて生まれ変わる程の変化です。それからは、今まで辛いと感じたことも面白くなり、意味もなく、ゲラゲラと一人で笑うことが多くなりました。死という魔物に取り憑かれていたのでしょうか。死は恐怖よりありませんでした。今日も東明王様とお会いし、共に「高句麗伝説」をさせていただきました。とても豊かな経験をさせていただき、人生がこんなに愉しいなんて。。。と笑いがこみ上げてきます。明日も東明王様や高句麗人と一緒に「高句麗伝説」をさせていただき、共に、おおいなる存在の表現をお聴きできるのです。封印された神は明日はどのように動かれるのでしょうか。言葉によっては表し尽くせぬ感動と喜びは、確実に世界の平和実現への道を創っていける確信となっています。信じることはないとは今日の五女山コーヒーからのメッセージでした。東明王様が共にあることを認めていければ、強くなり、揺るがぬ確信となっていくとわかります。わからないことを信じ込んでは、思い込みが強くなるだけで、怨霊の巣になってしまいます。このような人が多い世の中です。まわりは闇に支配されていても、神宿る美しい心で生きることが生きることと教えられました琵琶湖の底のメッセージに感謝します。美しい心で生きる喜びあふれます。ありがとうございます。

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「高句麗伝説」第3弾
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第3弾 モルモラ・ナチュラル