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いだきしん先生の連日のコンサート、講座、そして昨日 迎賓館にて貴重な御話をありがとうございました。中でも 髙麗様の御写真について、デジタルのスマホでの撮影で 一見良さそうに見えても御本人の一番大切なところが写っていない、ということを 音についての御話に置き換え解説されるようにお話しくださって よくよく解りました。感謝に堪えません。
自分は これまで商業音楽の仕事に長年関わり、とりわけ 歌手への歌唱指導で、上手に歌えているCDなど録音物を所属事務所 及びレコード会社から先に手渡され、この歌(CD)に見合ったレベルに本人の歌唱力を引き上げてほしい、という依頼を 一時期 頻繁に受けました(現存の著名歌手 何名かも含)。一見、というか一聴 本人が歌っているのですが、その録音物は上手く聴こえるように 完璧な加工を施し 実際の本人の実力とはかけ離れている別物なのです。デジタル技術が発達した所謂プロトゥールズ以降は アマチュアとプロフェッショナルの境も無くなり、今では誰もが 音が良く聴こえるデジタル加工をできるようになっています。それでも生で歌ったら録音の嘘がバレてしまうので、LIVEまでに底上げしてほしいという依頼が過去 数多くありました。自分はこの 粉飾決算に加担するようなことに耐えきれず、ある時 歌のレコーディングの加工現場と 順序が逆な歌唱指導からは身を引きました。
昨日の先生の御話を伺ってこの一連の経験が浮かび、はっとしました。現在、性能の良いスマホでは誰もが一見上手く撮れる。が、それはデジタル技術で瞬時に修正がかかり、良さそうに見えるのだが写された側の真は撮れていない。
自分は髙麗様の、巨大な蛍のように発光されている美しい御姿を 日々の美しい御衣裳と共に、世の方々にお伝えしたい一心で記録してきたつもりで居りました。が、真が逆に伝わらないことをしてきたのか、と御話直後 愕然とし、その後、真のままの音を聴けるここ(迎賓館)での体験は世にないから わかるように、と仰って弾いてくださった後半の先生の演奏に涙しました。ジェンダーの真を顕す、自分が低音の神様と書いてしまった 低音の旋律から顕れ出る存在にも、昨夜は更に心奥から揺さぶられ感動一入でした。
本日、新たに いだきしん先生のお誕生日コンサートに伺え 拝聴できる幸運に感謝いたします。おめでとうございます。
本当にありがとうございます。
岩村ゆかり