真の「働き方改革」
京都御所南の「高麗屋」さんから、高麗さんが淹れてくださったコーヒーを戴き、さらに五女山コーヒーとリンゴいっぱいのタルト・タタンを戴き、一斉チケット販売に向かえることが、これほど生命が喜びに満ちるとは自分のことでありながら、驚きです。毎日、必ずどのような形であれ、チケット販売、「本音で生きて下さい」講演会、書籍販売と各地の「高麗」の拠点を中心に活動していけば、あっという間に世の中は変わるという高麗さんのお言葉に生命が躍動します。夕方の講演会までの時間を京都ロームシアター近くの黒谷という地区を周りました。出会う人に、コンサート、いだき講座、高麗さんのお話をすると、最初は表面的であっても、運命が変わるコンサート、講座、高句麗王直系子孫の高句麗建国の精神を受け継ぎ、子供たちが生きれる社会環境をつくる国創り事業であることを話しと相手の様子も変わってきます。以前だったら、聞く耳持たずという感じが、今は肚から声を出して話していると、じっと魂が聞いている感じがあります。目の前の人がチケットを買って下さらなくても、不思議とメールが入ったり、電話でチケット注文を頂いたりと、動きが生まれます。毎日、必ずなんらかの形で販売する癖をつけていくことが楽しみです。
夜の「本音で生きて下さい」講演会では、いだき講座を受講していながら、わかっていないことがわかっていきます。高麗さんが3歳の頃とおっしゃると、必ず自分の中にある光景が浮かびます。いつもそうだということを昨日の初めて認識しました。3歳ではありませんが、小学校低学年の頃だと思いますが、病気で寝ている窓の外には大きな松の木がいくつも見え、その中の一本の枝ぶりが、王様に謁見する世界中から来た人たちに見え、自分もその一人と感じていたことです。ペルセポリスのレリーフにそっくりのものを見たときには驚きました。つくずく高麗さんに出会うべくして出会っている魂、生命を感じ、魂は永遠といことに改めて実感します。生命を中心にした体のしくみのお話もとても理論的で、誰が聞いても生まれつきの運命に縛られ生きることがどれほど体に悪いかがわかります。必ず病気になったり、事故にあったり、と良いことは一つもありません。いだきしん先生がお生まれになるまでは、生まれつきの運命が変えられるなんて誰も絶対思わないので信じられないから、はなっから聞く耳持たずだったのでしょうが、先生の存在がそのまま現れている今は、人はどこか変えられる先生の存在を気づきはじめているのかもしれないと感じます。受講できた私たちが理解してないことで、新しい方の出会いを邪魔しているとも感じ、高麗さんの講演会を全身で聴いて理解を深めないといけないと昨日は申し訳なく、必ず毎日表現することを行いながら、チケットを必ず販売する行為が、高麗さんのお話が身につきます。
今日も一斉チケット販売に高麗屋さんに集いますが、その前に滋賀県庁でみんなでチラシ配布に伺います。びわ湖での高句麗伝説の完売に向かい動く機会をありがとうございます。