盛岡にて
京都にて、ある京都府議会議員の方の会に地元の方よりお誘いがあったので出席致しました。知事、副知事を始めTVでよくお顔を拝見するある党の代表の方、京都府の各種団体の長の方々がたくさん出席されておりましたが、肝心の有権者の方々の参加が少なく、だから私にまでお声がかかったようです。まじめに皆様のご挨拶を聞いていましたが、正直なところ団体の長の方々のお話に希望が持てませんでした。物流のインフラ整備など先がある話もされていましが、お歴々が背負っている空気は全てが行き詰まっているように感じてしまいました。
もちろん私は末席で、地味なスーツを着て出席しましたが、マーブリングのショール、マーブリングマスクとマーブリングのカバンは目立ったようで声をかけられました。私の左隣りの席の方はびわ湖のコンサートに参加されることになりました。右隣りの方は即決ではありませんでしたが、コンサートのパンフレットを大切にお待ち帰り下さいました。
京都でたまに行く韓国料理のお店のお客さんが、高句麗の対倭外交と当時の東アジア情勢のことが載ってる新聞を持って来て下さいました。動けば何かしらの成果はあり、時の到来を実感するのですが、1日にお会いできる方々に限りがあります。やはり桜井市で開催したような上映会など人が集まる催しを多く開催しなければと考えています。
自分の動きがまだ定まりませんが、先生と高麗さんに出会って頂く大きな流れをつくりたく、また、いろんなことを整理したく、錦繍の山々を眺め考えながら東北に参りました。
東北センターはやはり温もり溢れています。応用コース、「死について」の先生のお話、高麗さんのビデオ講演会と幸せな時間でした。ありがとうございます。
塚崎知美