男と女のある何か
今年最後の応用コース、美しい繊細な音色から始まる豊かな時をありがとうございました。
ジェンダー講座に関して、始めはどうしてその講座が必要なのかまったく意味が解りませんでした。よい社会を創りたいという気持ちはありましたが、アントレのように具体的に経済や経営に直結していることが大事で、男女のことは恋愛の範疇でしか捉えていなく、ジェンダー講座が定期的に開催されることが不思議でなりませんでした。
今回の応用でお聞きしたように、いだきの要が男と女のある何かだとお聞きしたことも初めてではありませんが、どこか余所事のように聞いていたように感じています。そうでありながらジェンダー講座は時間が合うことが多く、かなり多くの回数をアンフィニでのジェンダー講座に参加させて頂いてきました。
その時々の驚くべきジェンダー講座の熱量、特に印象的だった古事記の女性神であるイザナミから男性神であるイザナキへ声をかけてはいけないとか、西洋では父と子と精霊といわれるように女性である母が無き者のようにされていること、そこから女性がさげすまされているように感じると発言させて頂いた時の前後の講座で紹介して下さった聖なる快楽という著書のタイトルの衝撃、神社を巡っていると蛇に重ねられる力への畏敬の念、宗教によって歪められた観念があることが初めて腑に落ちました。
疑うこと、と講座で先生がおっしゃった時、そうなんです!と心の中で同じ感覚が嬉しくなりました。一度全部の概念を外すこと、本当に正しいことを見出すにはこの全部からの視点が大切だと感じていて、特に今からの監視資本主義社会のように圧力が加わった時、洗脳から逃れるためには自粛のこと、ワクチンのこと、一つ一つ問うことをして答えを探すことが大切と改めて感じました。
男と女のある何か、生まれる新しいエネルギー、創造する力、真の人間となり、真の愛から生まれる新しい世界がこれからの世界と感じた応用でした。静かな大海への船出のような希望の時をありがとうございました。