深い今
昨日の午後は、先月母から頼まれた物を持って特別養護老人ホームに会いに行ってきました。母は眠っていましたが車椅子に移動する為に布団をめくると、履いていたスウェットパンツの右の鼠径部に穴が開いていました。母は恥ずかしそうに「一生懸命足を擦ったから穴が開いちゃった」と云い、スタッフの方と思わず笑ってしまいました。「家に帰ったら、つぎはぎしなきゃ」との言葉を聞き、物を大切に長く使う母の気持ちが瞬時に伝わり胸が熱くなりました。その後、「こんな所に居たら私まで頭がおかしくなる。いつになったら家に帰れるのか聞いて」と云います。更に、父がどこに居るのかと聞きます。「ウロウロしていないで家に帰ってくれば、私も家に帰れるからと伝えて」と云うのです。「パパさんはJullyと一緒に居るんだよ」と答えるのが精一杯でした。複雑な思いで帰宅し、直ぐに先生のお話ライブが始まったので先生のお顔を見た瞬間に、安堵で力が急に抜けました。ですが、コンサートメッセージでお聞きした「玄牝」「エロス」「間」そして闇のお話等をお聴きしながら、わかっていないことがわかり、わかりたくてお聴きするも薄ぼんやりしていました。それなのに子宮の話が出ると深いかなしみに襲われるのです。失っても体は足場を組んで突貫工事をしてくれていると以前にもお聴きし、京都の応用コースでもお聴きしました。その度に、ありがたくて涙が溢れます。それなのに深いかなしみに襲われるのです。先生が途中でピアノを弾いて下さり、そのやさしさに更に泣きたくなりました。母のことを考えていました。あの時、どう言葉を返していいのかわからなかったのです。切なくて、かなしくて、やりきれなくて、私なら耐えられないものが今の母の状態なのかと思えば思うほど、先生のピアノがやさしく沁み入ります。京都の応用コースで先生が仰った「ことばはいのち」桐箱でもいただいたことばです。「自分が元気に生きること」先生のお母様の話は希望です。だからこそ私が元気に生きると、今日は目覚めた時に気持ちが切り替わっていました。先生のお話ライブを何度もお聴きしてわかりたいです。深い今です。