流れ
Web サロンにアップしてくださったゾクゾクするようなマーブリングの青に魅せられ、明日琵琶湖で拝見できると知り楽しみが一つ増えました。
コグリョカフェでは生命の詩を教えていただき、ひとりぼっちの寂しさ悲しみという言葉から小学校の頃の夢を思い出しました。
深い森の中、木漏れ陽の中にいる母、母のもとへ行こうとどんなに走ってもその木漏れ陽の中にはたどり着けない、私を置いていかないでとどんなに泣き叫んでもその声は届かない、私は暗い森の中に一人。夢から覚めてもそれが夢だとは受け止められないほど泣きぬれて、母もまた満州からの引きあげの際のこと思い出し、置いていかないでとよくうわごとを言っていたこともまた思い出しました。大きな疎外要因となっていたそれが一人のものではないかもしれないと、やっと悲しみが愛に変わる時が訪れた今この時に大きな時代の転換期を感じます。
パイプオルガンの圧倒的な音に頭が宇宙空間とひとつになったように広がっていき、体の奥へ奥へと入り込んでいく音、深い世界でした。ピアノは愛に満ち繊細な音の響きが心の奥深くに響き、アンコールでは極みに達しました。後半になればなるほど光のような水のような流れがそこかしこに波のように広がっていき、あるところでは渦を巻き、あるところでは強い流れになりながら向かう先には輝く大きな海が広がっていました。
先日初めてお茶をたてていただき、お抹茶は苦いものだと思っていましたがとても甘く美味しく驚きました。お作法のさわりを少しその方が教えてくださり、初めて器には正面と裏があることを知りました。正面をお茶を頂く方の方に向けそれを飲む時に別方向に向けること、和を重んじ集う方々へ正面の美しいところを見て頂くという奥ゆかしい日本人の心を感じました。第二部は特にこの茶道の器になったかのように全体ととけ込む自分を感じました。
今日もまた久しぶりの琵琶湖でコンサートがあることが本当に楽しみです。ありがとうございました。