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母の沼


母との食事は愉しいです。会社帰りに、どんなに疲れていても毎回何が食べたいかなと考え、食材を選び買うことが嬉しくて堪りません。自分一人の時は、つい面倒くさいと思う時があるのに不思議なものです。帰宅すると、母が何かを言っている声が聞こえます。慌てて部屋に行くと、体をくの字にして足をベッドから下ろしていました。布団は全部蹴飛ばし、枕のタオルも投げ飛ばしていました。その光景にびっくりです。翌朝、お泊りで迎えに来たヘルパーさんとオムツ交換を一緒にしながらそのことを話すと、最近体が動くようになってきたので逆にベッドから落ちるのではないかと心配だと言います。動いた後、自分で元に戻すことができないからです。新たな課題です。その後、母がベッドから車椅子にいとも簡単に動くのでびっくりしました。思わず「すごい」と言っても、母は涼しい顔で私を見ています。ヘルパーさんが一日三回、車椅子に一時間位座っていると教えてくれました。足の力もつき、尿の量もかなり増え、体重も目標の40kgに戻りました。先月私とした二つの約束を、母が果たしてくれていると知り涙がこみあげます。何も言わずに実行する母はすごいです。

食事の時の母の話に、今回も大笑いです。突然、「油揚げがボロ雑巾みたい」と言い出しました。食事で油揚げがいたるところに出てくるけど、全部ボロ雑巾だと言うのです。「だから油揚げが嫌いになりそうだ。何でそうなるのか不思議でしょうがない」と言います。普通油揚げはふっくらするのに母はよく噛むので、ますますぼろ雑巾となるから吐き出すそうです。どんな油揚げなのでしょうか。ある日、バカにいい匂いがすると思って何かと聞いたら、「今日は炊き込みご飯よ。期待してね」と言われたので楽しみに待っていたそうです。そしたら、なんてことない。具がまったくないねずみ色のご飯が出てきたそうです。しかもご飯に芯があって食べられたもんじゃない。だから突き返したそうです。でも他の人は黙って食べていて、突き返す母を見て笑っていると言います。ご飯に芯があるかないかも分からないのか、我慢しているのか、これも不思議だと言い、大笑いです。食材も同じものが、いつも同じ調理方法でしか出ないので能がないと言います。たまに、「あれっ、何だろう」と思って見ると、丸い食器が四角い食器に変わっただけで中身は一緒だから頭にくるそうです。「もう少し工夫して考えろ」と言う母の言葉は正論です。若い女性職員さんも値段が安いから最初は同じ食事を食べていたそうですが、直ぐに嫌になりコンビニで買って食べているそうです。キッチンと言えども大袋から出来合いを出して、ただ温めて盛るだけの食事を間近で見ているお年寄りたち。食べなければ、他に食べるものがないから仕方なく食べる。人間の扱いではありません。しかも、福祉の施設の中です。その中で屈しない母の話は、大笑いしながらいつも考えさせられます。その母が、恐い夢を見ては目を覚まします。真っ暗な沼の畔を1人歩いているそうです。凍えるほど寒くて寒くて、2度と行きたくない。一人で、やっと降りてきたと話します。夜中に何か言っているので様子を見に行くと、ベッドの手すりを握る手が凍るように冷たくなっていました。怯えていました。「怖かったね、大丈夫。ここは家だよ」私が帰宅した時も、同じ現象でした。母の沼は、眠りの中で現る沼は、一体何だろうと考えています。大半を施設でお泊りしている現実、自分の居場所がない不安なのでしょうか。せめて、夜はぐっすりと眠りにつけますようにと願う今です。

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