東京高麗屋
昨日ひさしぶりに東京高麗屋に行かせていただきました。
ほの暗くぬくもりのある高麗屋の空間がじぶんの中にあって、
「みなさん、ぜひ高麗屋にいらしてください」
とビデオ講演会で高麗さんがお誘いくださるおことばに背中を押されて、また足を運ばせていただきました。
高麗屋の空間で高麗さんの語りをお聴きしていると、おさまるべき位置におさまるように、からだの中が整い、心地よくなり、来るまでの緊張もほぐれていきました。
エチオピアコンサートのとき各国の国家元首へむけて書かれたお手紙も、赤坂警察署でふつうだったら泣き寝入りになりそうな事案も、だれも知らない地でコンサートを開催されてきたのも、ぜんぶお気持ちのままのことばが先をひらいてきたことに、あらためてことばの威力を感じました。
語りのあとは、みんなで詩を書きました。
からだを感じて、そのままを書くように努めてみました。
声に出して詠ませていただくと、声が太く落ち着いていったことに驚きました。
帰り道にふと思い出したのですが、国語の授業の音読であてられると、声が小さいとよく指摘されて、でも出そうと思って出るものでもなかったです。
よもぎのパワーをなみなみと感じる大福と、それにマッチするパワフルな先生焙煎のコーヒーをいただきながら、みんなで内面に集中して詩を書くひとときは、ゆたかな場がさらにゆたかになりました。
いままで知る”おもしろい”とは違う、深いおもしろいを初体験しました。
じぶんが書いたものが詩になっていたかはわかりませんが、高麗さんの何気ないおことばがヒントになり、詩を書くことを深めていく気持ちがうまれました。
とっても楽しく、とってもおもしろい高麗屋さんの経験でした。
また次の機会にむけて、じぶんを高めて生きていこうと感じています。
心よりありがとうございました。
