春告風
突然、私にも春が訪れるのだろうかと心が曇った昨夜です。このまま真っ直ぐ帰って眠ってしまいたいと、電車の吊り革に掴まり居眠りしながら、母の元に向かっていました。それでも駅に着けば、母の為に食材を選んで買って、いそいそと帰ります。家に着けばスイッチが切り替わるかのように、自宅にいるときの自堕落な私とはまるで違って、次から次へとやるべきことをこなし動き続けます。思わず、こっちの私が本当なんだよなと苦笑しました。
「何すんだよ。」施設の部屋で寝ていると思ったらしく、若い男性職員に頬を触られたから怒鳴ったと母が教えてくれました。「年寄りだって、顔なんか触られたくない。気持ち悪い。」そりゃそうだと頷きました。更に「なぜ返事するか分かるか。私だって生きているってことだよ。」と、だんだん馴れ馴れしくなってきたから、喝入れてやったと話す母の顔を見ながら大笑いしました。こんなに大笑いしたのは久し振りです。「老人だと思って馬鹿にしている。皆んな他の年寄りは、ヘコヘコし過ぎ。いつも大声出さないと誰も来ないから『死んじゃう』と言うようにした。」と聞き、思わず考えました。自宅に戻った2ヶ月目から体重が減って、2月になったら39kgと記録されていたからです。「大声出してばかりじゃ気が休まらず、痩せるに決まっている。声の出ないおばあちゃんは気の毒だ。」と母は言います。お泊りしながら気が休まらず、とにかく施設に職員の人がいないという現実を垣間見ました。温かいタオルで顔を拭くと、気持ちいいねとつぶやきます。毎日やってもらえないのでしょうか。先生の音楽を聞いたオリーブオイルで顔のマッサージをしましたが、ずいぶん小さくなっちゃったなと切なくなります。私ができることは何だろうと考える夜です。
今日は訪問歯科診療の初往診でした。麻痺で左の口から食べ物がどうしてもこぼれる母の為に、入れ歯を作り直すためにお願いしていました。初めてお会いした先生は、「先ずは体重40kg台を目指しましょう。」と仰いました。どうして口を上手く閉じられないのか、それにはどうしたらいいのか、とても分かりやすく母と私に説明して下さりました。早速意識して実行する母を見て、喜んで下さります。私も希望が見え、心が明るく笑顔に変わりました。医師からの言葉を受け、母と2つの約束をしました。「今日からのお泊りで約束だよ。」と言うと、黙って頷きます。どうせお金払って泊まるなら、上手く利用しなきゃです。駅に向かいながら、気づけば顔を上げて歩き出していました。春告風が、私の全身を包み込むように吹いています。ありがたいです。「人生には百以上のチャンスがあります」「まず一つのチャンスを活かして次があります。」渋谷のコンサートメッセージが蘇ります。やってみます。