明日のコンサートに向けて
考え事をして歩いていて、駅の階段で転倒! ポケットに両手を入れていたので、右ひざと顎を激打、痛みでしばらく動けなかった。幸い、唇を少し損傷、血がにじみ出た程度、膝をすりむくだけだったが、こういう転倒こそ老化の現われ、最近の物忘れの多さと重なって、すっかり嫌になってしまう。自分はまだまだ元気で、転倒や痴呆とは関係ないと言いたいのに……。「老い」を人に気取られたくないし、自分も認めたくない。もう、家でおとなしくしているべしとは、思いたくないのである。
だから、できるだけ外出し、できるだけ「仕事」をし、できるだけ「書く」ことを続けようと思っている。これまでの経験と知恵を生かして、ユニークで溌溂とした生き方をする。くよくよしないで、リスクを乗り越え、ダメなら笑い飛ばして、再チャレンジする。あらゆる可能性に向かってチャレンジする。できる範囲で、というより無謀なこともやってみる。大地震「1%」の可能性に、恐れおののいてばかり入れない。むろん、備えが必要なことは当然だが、なにか行動する力を失いたくないもの。
ブライアン・クラースという人の『「偶然」はどのようにあなたをつくるか』という本(東洋経済新報社)を読んでいて、「偶然」の支配する世の中では、確立や予想がほとんど当てにならないし、これまでいかに人間は「因果律」で生きてきたかがよく分かる。こうこうしたからそうなった、何かわけがあるはず云々と。わたしもすぐに「転倒」=「老化」と結びつけて落ち込んでしまう。
いだきしん先生は、「運」を変える!と、ずっと言われているし、これまでになかったやり方で人の命との交流をやってこられた。その「現場」こそが、コンサートだと思う。毎回、全く初めての音響に接し、これまでの言葉の意味の、もう一つ奥の世界に導き、命の洗浄のような体験が可能になる。因果律や常識の思い込みでいっぱいになったわが頭を革新してくれる。
転倒したくらいで、落ち込んでいられるか! 明日の京都・ロームシアターでのコンサートが楽しみだ。(12/10)
