散歩に出て
人間は所詮「糞製造機」と、えらい禅僧が言ったそうだが、わたしは、ガンジーの言葉「あなたのすることはほとんど無意味であるが、それでもしなくてはならない。それは世界を変えるためでなく、世界にによって自分が変えられないようにするためである。」のほうがいい。曇り空の下、気を晴らすために散歩に出る。なかなかうまく展開しない、思うような成果が出ない。悩みながら、西宮神社まで歩く。いつも高架の電車の中から見下ろしていた、その森に一度足を踏み入れてみたかったからだ。本殿の裏のフェンスが、ちょうど空いていて、鬱蒼とした雑木林の中に入れた。大きなクヌギの古木に触れたりした。山歩きに似たものを感じた。この好奇心があれば、まだまだ大丈夫、青臭く生きていけそうに思えた。
来週に迫ってきた「高句麗伝説」そして、先生たちが京都におられる。心の底の方に安心がある。