KEIKO KOMA Webサロン

存在


マーブリングのシーツ、お布団カバー、枕カバーに包まれ、眠りにつくとどんな夢を見るかと楽しみにしていました。暗く、重い空気でありながら、とてもよく知っている懐かしい国で、川を渡る人を助けている夢を見ました。私が助けたのではなく、助けられた人が、私がいたから助かったと喜び、感謝してくださっている夢でした。この夢の意味がわからぬまま、目覚めると、レバノンのベイルートで大爆発事故が起こり、まるで終末の世のようだと報道されていました。よく知っている街であり、馴染深い街が壊滅している映像に目を覆いたくなりました。首都の半分が被害にあい、たくさんの方々の生命が奪われたことにやり切れなさと悲しみを感じ、ずっと考えていました。最近は「いだきで生きる人生」を語らせていただく時、3回連続レバノンのことをお話しさせていただいていました。フェニキアの魂が呼んでいると感じたからです。この惨事は一体何なのかと途方に暮れてしまいました。

コンサートが始まり、存在を問うとのメッセージの内容を読ませていただき、存在のことを考えながら演奏を聴かせていただきました。パイプオルガンの演奏の生命やさしいこと身にしみ、気づけば生命の深奥までやさしいことが染み渡り、涙が込み上げます。イエスキリストの存在に出会ったのです。全体と一つの生命を体感し、イエスキリストは、これだけ、争いが絶えず、尊い生命が犠牲になる状況をどのようにお感じになり、お考えなのでしょうかと、自分が想像してもとても真実をわかることはできないと感じながらも気づくとそのことばかりを考えていました。時空を超え生きる存在と出会い、生まれた聖なる存在は生き続け、あり続け、永遠とわかります。イエスキリストに出会わせて下さった先生の存在も考えます。この場に身を置き、長い人類史を見、考え、時空を超え、永遠なる存在に出会える経験ができますことの言葉に尽くせぬ感動、感謝を全身で感じ、真の幸せを感じます。

第2部では、創造する状態を経験できました。夜はいろいろなことが頭に浮かび、なかなか寝られません。コンサートではこの状態がないのです。頭に何もなくなって未知なる世界に飛び込んだようです。創造とは何もないところから生まれることを経験でき、これから頭が働き始めることにときめきを感じます。今朝見た夢の場所は、高句麗の地かもしれないとふと感じました。中国と北朝鮮の国境の河を渡ることなのかもしれないと感じると、生きていることでお役にたてることがあると見え、とても嬉しくなりました。

今日は究極の存在に出会え、自らの存在の意味も目覚め、とても重要な経験をさせていただきました。夜も更け、急いで書くような経験ではないと考え、また機会を改めて表現させていただきます。ありがとうございます。

KEIKO KOMA Webサロン
レバノンより
KEIKO KOMA Webサロン
雪景色
KEIKO KOMA Webサロン
府中の森芸術劇場にて