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変化した世界で新たな支点を見つける


11月18日の狛江応用コース、19日、20日の府中コンサートが大きな分かれ目で、たった3日地元を離れてすぐに戻るつもりだったので、愛用の万年筆が手元に無くてとても寂しく感じています。柔軟性が無く予定が変わるとうろたえる方ではありますが、この度はいつものとは違い、打っても打っても手ごたえがなく、何をしてもしなくてもまるでカチッとはまる感じがせず、地に足がつかず今日まできてしまった感じがあります。コンサートに参加させていただいている時「愛」を経験し、生きていると実感します。それに伴い、自分の軽薄さ、非人間的な在り方、自分を嫌っている自分、自意識過剰(これはあまりにも度が過ぎて、いつの日かむしろ面白い話としてお伝え出来る可能性があります。)、弱虫、などが目の前にコレクションのように浮き出てきます。講座中に良く泣くのですが、もう一人の自分が「そうやって気を引こうとしている」ですとか「本当は泣きたくもないくせに」とか「嘘つき」と責め立ててきて、「いや案外本当に泣いているんだよ」とか、よく心で一人会話をします。これは、自分が嘘をついたまま成長して大人になったことを、隠しても自分はわかっているので、こうして機会があるごとに言われるのだと思います。幼少期から頭の中にいる人と会話をしてきたので、わかりあえる相手がいるという優しさをとてもやわらかく強く尊いものとして目を細めました。

人が亡くなるという経験、お体の悪い方に寄り添う経験、どちらも、いのち そのままでしたことがありません。母の流産時、私も涙が出て出て仕方がなかったのですが、その理由をすでに頭で考えて「わからない」として理由付けを必死でしていました。「母が戻ったので、もう祖母と寝られないことが泣けるのに違いない」と自分に言い聞かせて泣きました。本当は母の体が悲しかった。それが自分の小3の時です。すでに軽薄な人間が出来上がっていました。

そして去年は本当は叔母が自分から積極的に幸せになろうとせず亡くなったのがとても悔しくて悲しくて歯がゆかったです。だからこそ世間よりも、いのちの底から生きる人と関わりを持ちたいという本音は見つかったものの、今更どうして良いのだろうとわからずになにもできない自分の姿に絶望をしました。絶望するから変わることができます。男女のことに関する内容を書き込まなくて恐縮ですが、ジェンダーを巡ってをありがとうございました。

 

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