共感
まさにFBなどのネット社会が、世界中の人々を瞬時につなげると改めてその勢いと威力を考えました。自分も、高麗さんの光あふれるマーブリング作品を、ブログで発信していきたいと昨日湧き上がりました。先日からの「地に埋もれた魂」のお話ですが、高句麗伝説で表現された時、過去の時代に生きた魂が報われていくことと捉えていた自分が、現実のことと理解していなかったと感じ入ります。書き込みにて拝読した際、自分の中では、何かズシンとくるような、心の洞窟部屋の存在が発見されたような心境となりました。昨日のミーティングでもそのお話に触れられ、自分のことを言われているような心境となり、改めて自分がその状態であり続けてきたことを考えました。先日髪を切ってもらった美容師が、ことごとく私の話すことを否定するので、二度と行かないと感じてしまいました。自分の髪質から、今までの経験で、すきバサミは使わないようお願いをしたところ、プロの見解からは間違っていることを言われ、拉致が開かないので、髪はすかないで切ってもらうことにしたのですが、正直、プロをはき違えていると思いました。私の状態での反応と考えましたが、昨日のお話での「共感」に、私の共感力が低い故かと考えます。共感が深まるのは、やはり経験と理解しますので、自分から表現、発信しながら、もっと色々なことを経験し、心の器を深めたいと感じております。先生のことをお伝えした時は、素直に感心し、耳を傾けて下さいましたが、私自らの存在の発信がない限り、その状態に共感することはないのだと至ります。共感する心と共感してもらえる存在になって行くことが、埋もれる状態からの脱却でもあるかと至っております。
ありがとうございます。
田嶋利江子