先を拓く
別れるために生きているのか、どうしてこんな気持ちになるのか、あまりに蒸し暑く、夕立ちともいえないような雨と雷、稲妻の空を見上げながらベランダの窓を閉めました。
コンサートの2部で突然配信画面から音が消えました。2度、配信が中断されましたが、2部にて、復活したコンサートをお聴きしていると、もうこの辺で辞めてもいい時期かも知れない…と、そんな気持ちになったとき、胃が急に痛み出しました。本心ではないと、胃は直ぐ反応しました。
先生のピアノ演奏をそのままお聴きしていると状態がどんどん変わり熱いエネルギーが満ちていきます。先を拓く、この言葉ばかりが出てきます。過去に戻る頭は辛く、先を拓くと生まれると、瞬間瞬間が明るく光りの道になりました。ここには恋しくてならない母の存在は涙にくれる存在ではなく、いのちを生み出してくれた愛の存在であり、92才で圧迫骨折をし、8ヶ月ベッドに寝たきりの状態であっても、その後は自分の脚で歩き、踊りの舞台にも立った母がいました。どんなときも先を拓き、つくる。瞬間瞬間を生きる。スポットライトに照らされたように明るい光りの道が現れました。いつも瞬間瞬間を生きるときです。
そしてアンコールで銀河鉄道に乗りました。盛岡のパイプオルガンの神聖で重厚な存在が可能性ある未来に旅立ちます。
これ以上ない愛の経験となりました。
9月はじまりの盛岡コンサートをありがとうございます。