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仙台コンサート ありがとうございます。


急遽、参加を決めた仙台コンサートでした。京都から仙台直行夜行バスでの往復の旅となりましたが、大変貴重な経験をさせて戴きました。ありがとうございます。今朝、大津に着くと一面の雪景色でした。午後から山道を京都市街へと降りる道中、山の木々の枝に芽吹いたところにぽわぽわと雪がのっていて可愛い花々が咲き誇り、雪の花々で満開でした。先ほど、アップしてくださった高麗さんの書き込み「雪の花」のタイトルに、「雪の花」の光景を読ませて戴き、場所は違っていても同じような情景を一緒に見ているようでとてもうれしく、元気がでます。

先日の京都での「死について」の講座で、「1回よりない「死」を、人は考えなくなっていることが最大の問題」というお言葉。自分は死なないと思い、いずれ必ず来る「死」をわかっていないことが、生きることに無我夢中になれないこととつながっていると思いました。「死について」「存在論」を受講し、家に帰る途中、近所で火事がありました。時々、近所のコンビニで会う方の自宅であること、その火災で亡くなられたことを知り、数日前に二言三言言葉を交わしていただけにショックでした。人はいつ死ぬかわからない。と実感しました。最近、下腹部の鈍痛が気になり、クリニックに行く予定にしていました。はなから仙台コンサートはライブ配信と決めていたのでした。高麗さんの毎日配信してくださるビデオ講演会をお聞きし、書き込みを読ませて頂いていると、自分は頭が真逆でおかしいことに気づきました。いだきしん先生のことをわかること。自分の中身、生き方が変わらなければ病院へ行って、診断され病名をつけられて枠の中にはまり生きても先がないだけ。自分でわかっていかなければ、抜け出せない。自分の状態がわかるには、そして変わるには、いだきしん先生に会うよりない、と仙台コンサートに行くことにしました。決めたら、体がどんどん前向きに動けるようになりました。せっかく仙台に行くのなら、行ってみたいところはどこかを考えました。頭では鹽竈神社が浮かびましたが、内面を感じると、ふっと高校生の頃、その頃はまだ新幹線はなく特急はつかりで盛岡から東京へ行く途中、仙台に近づくと「多」「賀」「城」と大きな看板が立っている広い空き地がありました。そのことがずっと気になっていたことに気づいたのでした。戦国時代の城跡だと思い込んでいたのですが、調べてみると陸奥国の国府があった場所であることを知りました。近江国、武蔵国、と訪れた国府つながりで行ってみることにしました。いだきしん先生の講座で知った、奈良の廬舎那仏建立の際に東北からたくさん人を集め、蝦夷と言われ東北人は人としての扱いを受けていなかったことが心にあったので、東北支配の拠点ともなった地であることが頭をかすめました。が、その地に立つと大きな国つくりの息吹を感じました。その足でコンサートに参加させて戴きましたので、先生のピアノは自分の知らない東北の自然そのものを感じ、とても不思議な感覚でした。その雄大なる宇宙空間とひとつの世界にいると、とても小さな自分は心がどんどん広がって、ひろーい大きな存在になっていました。ウクライナのこと、新疆ウイグル自治区のことも知ってはいても、自分事になっていませんでした。そして高麗さんから何度もお聞している、世界中の問題の根源解決はいだきしん先生のコンサート、講座であることを本当はわかっていないこともコンサート中にわかるのでした。このままだと日本が「日本自治区」となってしまうことも漠然とした不安としてありました。先生の音を聞きながら、日本は滅びると感じ、次の瞬間、だから新しい国を今のうちにつくっておかないとと、高麗さんの声が胸に響くのです。先生の音は国つくりの風となり、高麗さんの声となり、いのちの中に吹くのです。ある音は突然、下腹部を直撃し、何か悪い塊にレーザー治療を受けているようでした。自分では全く認識できないジェンダーの問題があると予感し、26日のジェンダーを巡っての講座に参加することを決めていてよかった!と安堵しました。自分の存在表し生きるには、自分の場合、高麗恵子さんの存在があってこそです。多分、いだき講座を受講し、存在表すには誰でも高麗恵子さんの存在抜きにしてはあり得ないと考えます。猶予がないけど、2,3年の内に存在表せる「高麗恵子さんをお伝えする」ことが仕事になるように今度こそ実現する力を戴きました仙台コンサート、ありがとうございます。高麗さんの声がいつも生きる中心を取り戻させてくれます。今日の比叡山は氷点下ですが、星が煌めいてます。ありがとうございます。

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