三鷹の地に育まれ・・
いだきしん先生、高麗恵子様、三鷹の地でいだきを始めて下さり、心からありがとうございます。
3月2日の三鷹 光のホールでのコンサートに参加出来まして感謝の気持ちでいっぱいです。
いだきを何も知らない18歳の時、上京して初めて住んだのが三鷹からほど近い武蔵野の地であったことが、私にとって全ての始まりでした。いだきとの出会いは、その時から始まっていました。
第一部のメッセージが高麗さんのお声により読み始められた時、空間の上方から明るい光が降り注ぐのを感じました。メッセージをお聞きして、縄文時代から連綿と続いている三鷹の豊かな地、その大地の懐に私もいだかれて、どれだけ今まで助けられてきたことか、そして今も毎日、井の頭池のある公園の中を歩いて仕事場に向かえる恵みに、そして日々移りゆく繊細な四季の移り変わりにどれだけ助けられ、支えられていることか・・という気持ちが湧き起こりました。
第一部の先生の演奏では、ものすごい大地のエネルギーを感じ続け、縄文の力と高句麗の力が私の身体の中で一つとなって燃えているのを感じていました。時空を越えて、縄文時代の人々、高句麗から渡来してきた高句麗人、そして今こうして三鷹の地でいだきに集う私達・・と、魂は一つになって交流しみんなで生きている体感に満ちあふれていきました。
今日あらためて、第一部のメッセージを書き写させていただきながら、「やよい時代の一時期、気候の変動によって人が少なくなりましたが、やがて息を吹き返すように多くの人々の生活を支えてきました。」という一文の「息を吹き返すように」というお言葉に、三鷹の大地が共にあってくれるから、私も、困難や辛いことがあっても、そのたび息を吹き返すようにして生き続けてこれたのだと感じ、ああ本当に「感謝」なのだ・・と、あらためてメッセージの冒頭の「感謝」というお言葉が、頭での解釈を越え出て、コンサートでの経験に生き生きと溶け込み、胸に染み入ってきました。そして最後の「大地のエネルギーは益々強く天空と交流し愛と平和を何の理屈もなくそのまま体現できます。」というお言葉に、三鷹の地、私達を育んでくださるこの豊かな地への感謝と共にこれからも生きて、私達人類の未来を創り生きていく新しく、強いエネルギーが、体の奥から沸沸と湧き上がってきました。
コンサートの第二部では、身体の胸の辺りが急に開かれて呼吸が楽になり、楽になったところに先生の演奏される音が光となってどんどん流れ込んできて全身がとても熱く、同時に、いのちを傷つけるもの愛に反するものが、どんどん払われて自分の中から追い出され、洗い清められていくのを感じ続けていました。特に頭の中にある様々な判断、裁き、といったものが、それがあることが苦しくて堪らなくなり、こんなものはもう要らない!全部捨てて愛そのものになりたい!と、いのちの叫びとなって身体を駆け巡っていました。
毎日歩いて通っている井の頭池周辺は私にとってはとても身近な自然ですが、毎日歩いても同じ日というのは一つとして無いことにいつも心の中で感嘆しています。空の色、木々の梢の感じ、風の感じ・・と、日々その色合いは微妙に変わりゆくし、耳を澄ますと本当に色んな種類の鳥の鳴き声がしていて、木の匂い、葉の匂い、水の匂い・・本当に繊細な匂いが空間に満ちていて、そういうものが本当に豊かでとてつもないエネルギーとなって、この身体に無限に降り注がれ続けていること、そうやってこのいのちは育まれ続けていることを心から実感するのです。コンサートの只中にあって、先生の演奏される音に身を委ねている中で、その実感が次々と呼び起こされて、さらに実感で留まること無く、どんどんその次元が上昇して行き、宇宙にまで繋がり交流し始めることに感動しました。そして、どんな人ともいのちは繋がり交流していて、しかもその交流をとても喜んでいること、その交流こそ心底からの喜びであり、「愛」であることを経験させていただいて、「私はここで生きる!」といのちいっぱい叫んでいました。
最後のアンコールでは皆さんと一緒に思い切り手を叩き続けて、その手拍子がホールいっぱいに鳴り響くことが喜びで、先生の笑顔に私の笑顔もはじけて本当に幸せいっぱいでした。
今年の3月2日は、先生と高麗さんのもと、皆様と共に集えましたことが、本当に良かった・・!と素直な喜びです。
縄文時代の人々、高句麗の人々と共に、三鷹の地にいだかれ育まれ、これからどんどんん生まれ変わり新しくなり生きていけます恵みに心から感謝いたします。