メッセージ
宇宙と言うと普遍的な言葉なのですが、宇宙からのメッセージとあえて表現させて頂き、それらをいろいろな現象から感じるようになりました。鳥が泣く声からも人が目の前に現れ、隣にすわる人に何かを言っても、こちらに何かを告げていると感じる感受性のほうが以前より強い今です。この度は、罪と罰を読書中に生まれるものがあり、それをやりましたのが、それは存在論の日ですが、後から存在論の内容を知り、身に起こった状態と一致します。そこにはその日の経験からわかる結果、我は無駄であり、全体と一つで生きる在り方が表れたことも、このような道を辿らせて下さったおおいなるはたらき以外何ものではない境地でいます。我とは分からず本音だとし、したことは、結果、我であったこと、流れていかないプロセスの過程から、生命の痛みを伴い、生命の痛みによりわかったのです。本音は、誰の生命も傷つかない生き方でありますことは、全体と一つで生きるとき、愛に満ちる内面からわかっていきます。我と全体と一つで生きる在り方は、まるで闇と光のように真逆の結果を産みます。しかし、我を通し光が見出される人間の生命の働きにも頭が下がります。生命の働きは宇宙の美をと感じます。このたびの、まことに尊い経験を、ありがとうございます。