ぺんぺん草
震災後に、お子さんと2人で岩手を離れコナールのある武蔵関に引っ越ししていらした女性が、ギリギリ今日のコンサートの参加を決めて、一席にお座りいただいていました。コナールに帰るとその方が届けて下さった、ぺんぺん草の花束が置いてありました。新しい春のはじまりをむかえられたように、うれしかったです。生まれてきた意味のままに生きていきたいと願い、紙に書いたこととは逆に邁進できない不安があることを自覚していましたが、たったお一人の方が動かれたことが、無条件にうれしかったです。コンサートのはじまりのメッセージが客席の中央に天井からぶら下がっているスピーカーからきこえてきた時、高麗恵子さんの声が全世界にふりそそいでいくようにきこえてきました。「何かに包まれているようにある」ことの経験はいっぱいさせていただいてました。はたらきがはたらく生命をそのままに、進みます。アンコールの最後の一音に、胸の奥の硬いつぼみから一枚だけはなびらがほころんでいきました。花がいっぱい、一斉に咲きますように外へ向かいます。
ありがとうございます。