びわ湖の畔、優しい
6/21びわ湖の畔の、びわ湖ホールのコンサートに参加させて頂き、誠にありがとうございました。
私にしては珍しく人をお呼びしての参加でした。十何年前に京都コンサートホールで開催されたコンサートの際、初めて飛び込みにてチケットを売る経験をさせて頂いた時に来て下さった方で、その後もその方曰く「人生の節目という時期に誘いが来る」と仰り時々ご参加下さっています。最初は個人経営で働いておられたのが、幼い頃からの夢である「映画監督になる」を偶然の巡りによっての出会いで叶えられ、気付けば海外の映画祭に参加されたり人生が飛躍、展開されていて、細く長い不思議なご縁となっています。この日のコンサートも心底癒される経験をされたと仰り、コロナ禍での打撃を乗り越えるエネルギーとなったと喜んでおられました。
一日経つとコンサートの経験を表現するのはとても難しく感じます。第一部は「波間から」でした。演奏の聴こえ方が変わったように感じます。自分の中の感覚に合うような聴き方ではとても聴けず、自分の中の思惑や余計な頭があると、音を聴くことも難しくなったように感じます。ただ姿勢を正し、耳を澄ませることだけに集中します。徐々に波を感じます。最後の方にようやく音が身体に響き、この音が身体に響いて下さるだけで充分という心地になります。びわ湖の畔にて、この演奏を経験出来たことの幸せを感じます。ありがとうございました。
第二部は「繊細な愛」でした。メッセージをお聴きし、自分自身の性格に重ねて”繊細とは神経質で弱い”というイメージがあり、払拭される内容でした。最近2部では、腰が痛くなる現象が続いています。受け止めようと演奏をお聞きしていると、愛でない状態の優しくない自分を感じます。優しく美しい愛の演奏をお聴きすればする程、自分の中の愛に生きていない状態が浮き彫りとなります。この日は有り難いと感じました。優しくない状態がなくなるまで身体はこのままで良いのです。背筋を伸ばしているのも辛くなって、背もたれにもたれ、ただ優しい愛の重なる音をお聴きしていると、内側からどんどん素直になってゆきました。余計な力を捨て、自然に身を任せ生きなさい、と演奏が教えてくれるようでした。どんどん素直に、素直になれるここは幸せでした。アンコールは空白となり申し訳ありませんがもう覚えていません。凄い場でした。ここに来れたことに感謝よりありません。
滞在先のホテルに帰ると、子供に戻ったように元気いっぱいになっていました。人と一緒にコンサートを参加させて頂くと、喜びも膨らみ、広がることを経験しました。毎回、新しい素晴らしい経験をさせて頂き、誤魔化しの効かない、人間となってゆく道を教えて頂いているように感じます。心よりありがとうございます。